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最終更新日時 : 2017-10-28 16:49:59  
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※ 写真は本文と関係ありません\(^o^)/

諸般の事情により、小論文対策を半ば以上独習せざるを得ない受験生用にいっちょ。独習者じゃなくても、自分の書いてきた小論文答案をじっくり見直したいと考えているヒトにも、ひょっとすると役立つかも。

見ていて気になるのは*1、答案の見直しの実態。言葉遣いのことばかり気にしてもっと重要なところの問題点のチェックを疎かにしていやしないか。もちっと小論文という科目の特殊性を考えた見直し方が必要なんぢゃないかと感じたあたりをまとめてみた。いくらか思いつき的に書いちゃったきらいなきにしもあらず、雑なところが残っていもする。ご利用は自己責任でってところ。とはいえ多少なりとも参考になる程度のことは書けているんぢゃないかと思う。必要に応じて利用してくれれば幸甚。


で、見直す際に独習者くんに欠けているのが、見直しポイントの軽重を考えていないこと。まずは、そこいらへんの見定め方、プライオリティを示してみよう。


見直しポイントのプライオリティ

見直しの目のつけどころを優先順位にしたがって掲げると大雑把なところ、以下のようになる。現実には設問によりけりで考えるべきところはいくらでもあるけれど、基本的な見通しとしては大過ないんじゃないかというあたりを一つ。

  1. 設問への応答
    1. 主題(何について問われているか)を把握しているか
    2. 主題に関して求められるタイプの判断・説明が行われているか
    3. 付された条件は守られているか
    4. そこいらへん、誤解のない形で適切な場所に書かれているか
  2. 与えられた文章・図表の処理
    1. 読解が設問に応じた形で行われているか
    2. どういう部分で読み損ねているか
    3. その理解は適切な形・適切な場所で提示できているか
  3. 論・段落構成
    1. 具体例が主張・考察に論理的につながるものになっているか
    2. 小主題・論考中の機能に応じた段落構成が採られているか
    3. 具体例に対して適切な着眼が採られ適切な語彙を使って表現されているか
    4. 具体例の選択が社会的知的関心の高さのアピールにつながるものか
  4. 国語表現上のあれやこれや

以下、上に示したあたりを少していねいに説明してみよう。


設問への応答

小論文の答案だって「答案」という以上は問いに対する答えでなければならない。問われたことに答えていないのでは答案にならない。小論文初心者くんだと、そこいらへん雰囲気的にしかわかっていないってことが多いみたい。考え込んでいるうちに熱くなっちゃって冷静さを失って書いちゃった場合なんかだと、普段は書ける人だってここいらへんでミスを犯すこともある。最大のチェックポイントだ。ただ、書いてから多少の間をおけばチェックそのものはさほどむずかしくはないだろう。

以下、参考になりそうな記事へのリンクを挙げておく。ついでに目を通しておいてもバチは当たらないと思うぞ。


提示された文章や図表の処理

次に、提示された文章や図表の処理。このへんでの失点も答案全体の評価に響くケースは多い。同じような文章でも、要約的な理解が必要な場合もあれば列挙された事例から仮説を導出しなきゃいけないって場合もある。面倒臭いところだけれど、ここいらへんは独習者でも学参なり問題集なりの解答例・解説を参照すればなんとかなるところかな。

このへん、あんまり記事を書いていないのだけれど、「要約の基礎徹底」(PDF)あたりは参考になるんぢゃないかと思う。例題はいずれも古いんだけれど、基本的な考え方そのものは今だって通用するはず。あ、文中紹介してあるメールアドレスは現在使用していないので、そこいらへんは注意されたし。


論・段落構成

このへんが作業としては一番面倒かもなぁ。たとえば、どんな小論文の参考書にも自分の主張にはちゃんとした根拠を示さなきゃダメだと書いてある。でも、一体何がちゃんとした根拠になるのかわかってないなぁと思える答案って結構多いのだ。「自分の経験談を具体例/根拠として取り上げていいか?」といった疑問が湧いてきたりするのはわかってない証拠。それでいい場合もあればダメな場合もある。ごく一般的にいって、論理的な文章で具体的な根拠が求められるのは、単に根拠としてだけではなくて、読み手が検証できるようにしておく必要性からのこと。そうなってくると、本人でなければ確かめようのない個人的な経験が有効なケースは思いの外限られていると見るのが穏当なところ。もちろん、問題によっては自分の経験に基づく議論が求められることだってある。そういう場合は当然のこととして自分の経験を語る必要があるに決っている。だから、問題によりけりということになる。

具体例の選択が適切を欠いているだろうことがわかったとして、ではどう直せばいいのか。そういうことになれば、まずはその問題を扱っている赤本なり学参なりの解説・解答例を見てみる。それでもハテサテというような具合なら、図書館で尋ねてみるなり書店で適切な話題を扱っていそうな新書類を立ち読みしてみるなりするしかないかな。面倒臭いけれど、もともとの問題がそういう形でしか得られないような具体例なり知識なりを知っていることを求めているんだろうから、まぁ、仕方ありませんね。

また、議論の根拠が具体例や体験談でなければならないとも限らない。厳しい字数制限や論考内容の性格からすれば、一定の知識の提示が重要になることもある。そう数は多くないけれど、小論文で面倒な問題を出すところを受けるって人は考えておかなきゃいけないところかな。このへんも見当がつかなければ、まずは参考書・過去問集の解説・解答例を参考にしてみるしかないか。

以下は考察の目のつけどころなんかを考える上で参考になりそうな記事へのリンク。読めばわかると思うんだけれど、設問をていねいに検討することがいかに重要なのかってなあたり改めて注意深くあってほしいところかなぁ。


国語表現上のあれやこれや

最後に回したのは、別にコイツを軽々に扱って良いからというわけではない。でも、自分で答案を見直すとなると、どうもこのあたりばかりに力を入れて、上に挙げたアレヤコレヤのほうは蔑ろにされる傾向がある。少なくとも小論文重視んところを志望している人なら、そいつぁ不味かろうというわけで、ここでは最後に回してある。


その他あれこれ

もちろん、上にあげたような優先順位は一般的なもの、大雑把なものにすぎない。実際には、設問のありよう、志望校志望学部などによって検討しなければならないことも出て来る。

たとえば、最後に回した「国語表現上のあれやこれや」にウエイトを置かなければならないケースだってある。大学・専門学校の難易度によっては、最優先しなければならないケースもめずらしいとはいえない。あるいは、「公募 I 期・II期推薦入学試験の『小論文が変わります!』」(川村学園女子大学)hatebuのように、ごく大雑把にいえば、小論文というよりは作文寄りの出題傾向を採ることを宣言する大学もある。宣言してなくったって問題を見ていれば同様の出題傾向のところはいくらでもあるし。そんなこんなで受験生の現状や志望によっては、論証のあり方や論構成よりも表現力その他を重視せざるを得ないことだってあり得るわけだ。そこいらへんは、独習者くん各自で調べて自分のおつむで考えといてくれたまえ。

ただ、一般的な話としては上に挙げた優先順位を念頭において、自分の答案を見直すようにすると言うのは間違った話ぢゃぁございませんぜぃ。


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名著改訂版。中堅以上の小論文重視校を受けるなら、このへんがスターティングポイント。



  • 注1 といっても、独習者くんと出会う機会なんてめったないから、偏った見方になっている可能性も小さくないのだけれど。


最終更新日時 : 2017-01-30 15:05:20  
20130601010414

大学入試小論文対策関連のエントリを「入試小論文」カテゴリhatebuにまとめた。旧来問題の性格に応じて複数のカテゴリに分けていたところ、どうもそいつはわかりにくい、面倒臭い、その他いろいろetc...とにかくウザいと不評だった。しかしまぁ新たな分類を考えるのも面倒臭い。というわけで、エイやっと一つにまとめちゃったという次第。これはこれで読むのに便利かどうかよくわかんないけれど、タイトルは通常のエントリよりは多少マジメにつけているので、そこいらへんを頼りに各自の必要に応じてテケトーに取捨選択のうえ読まれたし。時間が許せば全部読めばよろしい。どうせ今んところ、大した数はないんだからぁ\(^o^)/

その他、上位ディレクトリにも関連記事がある。

あえていえば、「自分の関心のありかをたしかめよう」hatebuは、問題そのものよりも小論文対策の出発点で考えておいてほしいことにウエイトのある記事、「ツッコミ演習」hatebuは、考え方の問題を扱った記事、「要約の方法/『要約の基礎徹底』公開してますぅ!」hatebuは、小論文対策としておおよそ必須といえる要約についての無料PDF教材の紹介記事になっている。これらは「別冊 日々の与太」に引越すつもりが面倒臭くて放置したまんまになっている記事だな。いやはや。

「極私的脳戸/日々の与太」に書いていた記事の復旧作業が全然捗っていないこともあるけれど、新しい記事も最近は全然書いていないから、まったくもって内容は不充分だなぁ。うーん。今年はもちっと書いてみますかね。


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こういうよく出来た参考書があると、僕がエントリなんぞ書く必要がないような気もしてきちゃうよなぁ。まったくもってケシカラン本ですよぉ。お薦め。


入試小論文を主題にした本ではないけれど、小論文指導にあたっておられる高校の先生方など指導者さんにとって有益な本だと思う。特に添削指導のありようを考え直すにうってつけぢゃないかな。




最終更新日時 : 2017-08-13 15:03:29  

そうだよなぁ、これは早めに知られるべきだよなぁ、ということを一つ。

というわけで、手っ取り早く云うと、要するにちいたぁ本を読み給えということになる。

小論文対策にとりかかったばかりで、志望大学学部の過去問をまだ読んだことがないと、そのへんあんまりピンと来ないのかもしれないなぁ、とは思う。でも、現実に問題を眺めているとそうは問屋がおろさないってことはそう珍しいことじゃない。

たとえば、今春(2016年)、早稲田大学スポーツ科学部の問題。

問題

次の論題について、あなたの立場(肯定側)と対立する立場(否定側)のヒトを説得することを目的として、あなたの考え方を論述してください。その際、決められた立場(肯定側)に立って現状を見つめなおし、客観的に論題に対する検証を行うようにします。つまり、この論題に対して「自分は反対だ」と思っても、ここではその考えに関わらず、論題に対して賛成の立場に立って、八〇一字以上一〇〇〇字以内で論述してください。

なお、論述においては以下の関連事項に関する記述及び否定側の論点を踏まえて、否定側や第三者をいかに説得できるかという観点から述べることが重要です。


【論題】

高等学校における「運動部の活動」の現状については、改革をすべきである。


【論述の立場】

  • 肯定側:改革すべきである。
  • 否定側:改革すべきでない。
  • あなたの立場:肯定側(否定側を説得するための肯定論を述べる立場)

【関連事項に関する記述】

学校の部活動

生徒の自主的、自発的な参加により行われる部活動については、スポーツや文化及び科学等に親しませ、学習意欲の向上や責任感、連帯感の涵養等に資するものであり、学校教育の一環として、教育課程との関連が図られるよう留意すること。


【否定側の論点】

運動部でスポーツ活動を行うことは、高校生にとって心身の発育発達を図る上で重要な機会となっていること、また、競技力の向上や生徒の一体感などが醸成されることなどから、現状における高校の運動部活動を改革する必要はない。


(強調引用者)

問いの求めはクリア。

  • 《高等学校における「運動部の活動」の現状については、改革をすべきである》という立場の検証・意見論述を以下の条件で
    1. 《関連事項に関する記述及び否定側の論点》を踏まえる
    2. 《否定側や第三者をいかに説得できるかという観点》の重視

読めばわかることだけれど、「関連事項」は「運動部の活動」の理念(あるべき姿)*1、「否定側の論点」は同じく現状認識*2についての記述になっている。これを踏まえて現状改革の必要を語るとすれば、「関連事項」に反する現状を指摘し、「否定側の論点」の認識の誤りを正すというのが答案の基本方針となる*3

さらに、現状を指摘するといっても、《~をいかに説得できるか》を考えると、所謂「個人的な体験談」みたいなものは無意味だということになる。「私が属していたバスケットボール部では……」みたいなヤツだと、自分の議論に都合のいい話がいくらでもホイホイ書けてしまうもんね。説得力を重視するぞという設問の条件に充分に応じるものだとはいえない。普通に考えても個人的な経験談は「検証」には適さないってことになる*4

そうなってくると、否が応でも、運動部の活動の理念に反していて、ついでに否定側が示す現状認識の誤りを示すような事実とかだれもが認めるような見解とかを知っているかどうかが答案の出来不出来を左右することになるということになっちゃう。検証という言葉をわざわざ使っているのだから、このへん、ゆるがせに出来ないんぢゃないか。

たとえば、運動部での競技での勝利のためと称する、根性・精神論的で非合理なシゴキ・体罰が伴う「指導」の問題なんかを取り上げて、そういうのが否定側の云う心身の発育発達に資するものになっておらず、むしろ心身を傷つけときには死に至らしめるようなものになっている、そんなふうにまでして勝敗にこだわるっちゅうのは学校教育の一環からの逸脱であって容認しがたいぢゃないか、指導はちゃんと合理的なスポーツ科学の成果に則ったものへと改めてかなきゃダメぢゃん、といった答案展開の見通しが持てるんぢゃないか。「スポーツ科学」云々ってな語句を出すとちょいとあざといから、実際の答案では「合理的な指導」くらいにすべきかもしれないけれど、それはまぁ枝葉末節の話として、見通しだけ考えても、なんだかスポーツ科学部志望してまっせってな答案が書けちゃいそうでしょ? でも、示せる事実がなければ、どうにもならない。

探せば、この手の話はネットでいくらでも拾える*5。ただし、信頼のおける話かどうかの判断が結構面倒臭いものもちょー付きで多いのが現実だ。サイトや書き手の立場なんかを考えないといけないのだけれど、そこいらへんの判断は結構大変。その点、書籍の類はいくらかそのへんの判断がしやすいってあたりがあって、やっぱり受験勉強としての効率を考えると、現在だいたいのところ、あたるべきはネットより本ってことになる。

ここいらへんは、志望者が日頃どんな読みの経験を積んでいるか問われるところ。高校の運動部の部活なんて参考書や予備校・塾の一般的な小論文講座でそう都合よく扱ってくれそうな話題ぢゃないもんね。面倒臭いかもしれないけれど、スポーツ科学を志しているのにそれに関わる話題を、学校で習わなかったから、参考書に出ていなかったから知らないってんぢゃぁ、志望動機を疑われても仕方がないくらいのもんぢゃないかしら。

こういう出題って、別に早稲田のスポーツ科学部特殊特有の傾向だってわけぢゃない。比較的志望者が多くて小論文も重視してるっぽい大学学部の問題を見ていると、「学校のお勉強」以外での受験生の知的奮闘ぶり求めているのって結構多い。そういうところって、志望動機に関わる重要なポイントでもある。ことさらキツい話をしたいってわけぢゃないんだけれど、でもそこいらへん、全然なぁにもネタがないっちゅうのでは、Youはなにしに大学へ? ってなもんだと傍目からは見えちゃうことでもある。


というわけで、こういうところは山添先生の仰るとおり、書き方だとか型だとかとは別に注意を払っておくべきところだし、時間のかかるところでもあって、志望領域が決っているのなら、小論文対策の早い時期から考えておくべき重要事項だってことになる。その割に、そのへん手薄になっているヒト、多いんぢゃないか?


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中堅以上を目指すんなら、これが最初の一冊としてお薦め。小論文の参考書としては異例のロングセラーぢゃないかしら。


すでに品切れ、あらま「現在お取り扱いできません」になっちゃってるけれど。スポーツ科学部志望ってんなら、この雑誌、悪くないと思うなぁ。気になる話が特集されているときくらいは、目を通しておいて損はないんぢゃないか。最新号は、

現代スポーツ評論 33 特集:女性スポーツの現在

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最終更新日時 : 2016-11-26 12:44:52  

これは吉岡先生のおっしゃるとおりなんだろうなぁ。解答例を完全に暗記するなんていうのはそもそもナンセンス。件のコメント、ホントのところ、語彙で躓くということは理解しておかなきゃいけない解答例の理路もつかめていないということなのだろう。理路の成り立ちがわからないとすれば、暗記したところで応用の利かせようもない。小論文問題の出題内容は多様であり、吉岡先生の参考書を読むレヴェルの受験生が志望する大学を考えると、解答例の丸暗記でホイホイなんとかなるとは考えにくいだろう。

とはいえ、一方で、結構な難問に出喰わした際に、解答例にあったフレーズや段落に救われたというような話を合格者から耳にしたことも大手予備校時代には何度もあった。そういう話を聞いた受験生さんが、そうか解答例を暗記しちゃえばいいのか、みたいなふうに勘違いすることがひょっとするとあるのかもしれない。

実際のところ、そういう合格者くんと話をしてみると、ぴったり予想通りの出題がなされて、条件反射的に解答例のフレーズなり段落なりが思い起こされてホイホイ答案が書けちゃったというようなおめでたいお話は、まず滅多ない。予想外のテーマの予想外の出題、はてさて困った困った、でも課題文の議論は授業でやった別のテーマ問題で考えた理屈と形そのものは似ている、そうか、ここいらへんの事例の扱いを入れ換えて考えれば理屈そのものは解答例のパタンでナントカ処理できるかも……というような具合で解答例が役立った、みたいなことに話はたいてい落ち着く。

とどのつまりは、所謂「丸暗記」のおかげで助かったというのとは、ちょいと話の筋が違う。学んだことを自分で咀嚼して、特定の問題への解答例にすぎなかった言葉に含まれていた考え方を他の問題にも通用させ得るものへと応用、普遍化できたからそれなりの評価が得られたというような具合なのだ。

というわけで、解答例の丸暗記は、もちろんやってもバチは当たらないが、あんまり直接のご利益は期待できないシロモノぢゃないかな。まずやるべきことは他にあるってことになる。そこをしっかりこなした結果として解答例が頭に入っちゃったということなら、それは全然悪いことじゃないだろう。暗記でホイホイで済ませられないとなると面倒臭いと感じるかもしれないけれど、まぁそいつでこなせちゃうケースは滅多ないと考えておいたほうがいい。


それに、こういうとアレなんだけれど、世間様に出回っている解答例が仮にわかりやすいとしても、それが正確なもの、間違いのないものであるという保証はない。とくに予備校なんかが出している入試直後の速報モノなんかの場合はそう。そいつをそのまま活字にしちゃってる問題集の解答例なんかはちょっと気をつけておいたほうがいいこともある。参考書類にだって怪しいのがないわけではない。

たとえば、これは必ずしも致命的な誤りっていうんぢゃない粗探しみたいなもんだけれど、たまたま目に入ったこの春の事例を一つ挙げてみる。

オリンピック憲章第9条には、「オリンピック競技大会は、個人種目もしくは団体種目での選手間の競技であり、国家間の競争ではない」とある。だが実際には、表彰式の国旗掲揚などの演出などによって、競技は国別対抗の様相を呈している。こうしたナショナリズムを刺激するような演出は……

とある予備校のサイトで公開されていた、とある大学のスポーツ関連学部小論文の解答例冒頭*1。パッと見、あぁ、スポーツの理念を語る際にさっとオリンピック憲章を思いついたのはいい感じだな、とは思ったのだ*2。僕も同じ問題を扱う折があったら真似してみっか(^_^;)……ありゃ、でも「第9条」って何よ、「第9条」って、ってな感じ。現在の「オリンピック憲章」を目にしたことのあるヒトなら、きっとパッと見でそう感じるんぢゃないかな。

たぶん、昔何か二次的な文献で読んだきり知識の更新が行われないまんまだったか、ネタにつまってあれこれググるうちに古いんだか不正確なんだかの情報を掲載しているサイトの文言に飛びついたかしたんぢゃないかと想像するのだけれど、そこいらへんはどうでもよろしいんで、えっと要するに「オリンピック憲章」、少なくとも現在のそれには「第9条」なんて存在しなかったんぢゃないかな?

細かいアレコレに立ち入るのがここでの本旨ではないので、そこいらへんは「オリンピズム | オリンピック憲章」(JOC) はてなブックマーク - JOC - オリンピズム | オリンピック憲章で、2013年版(今のところ最新版)の「オリンピック憲章」でも参照してほしい。目次を見た段階で、そもそも「第◯条」って表現が奇妙に思えるんぢゃないかしら。

上の解答例、「オリンピック憲章第9条には」なんて書かずに「オリンピック憲章には」とでもしておけば良かったのにね。そういうことであれば、引用されているのとほぼ同じ文言が現在の憲章中にも登場する。単語に少々違いがあるけれど、原文を参照できない受験小論文なんだもん、そのへんは問題のない誤差の範囲だろう。

こういう不正確って受験生が漠然と想像しているよりは多いみたい。たぶん、他人様から見れば僕だって似たような誤りを仕出かしていることだってあるんぢゃないかな\(^o^)/。ただし、この程度の不正確はまだ軽微なものだといっていい。答案の評価にかかわるような類の不正確も、速報類の解答例にはたまにある。市販の参考書類にだって存在しないわけでもない*3。だから、少しくらいは警戒しておいたほうがいいんぢゃないかな。大量の解答例の類を丁寧に読み込んで精査しているわけぢゃない僕でも、それなりの頻度で見つけられるんだもん。大げさに騒ぐようなことぢゃないだろうけれど、そういうこともあるということで。

いずれにしても、せっかく丸暗記してもその知識が不正確なものだった、ってんぢゃぁ、入試本番で問題がなくったって、いずれどこかでその「知識」をうっかり披露して赤っ恥をかくことになっちゃうってくらいのことはあるだろう。


とまぁ、そんなこんなで、解答例を丸暗記の対象として捉えるのはそもそもの小論文対策としてナンセンスだし、うっかり暗記したおかげでしくじる危険だって存在しているわけなのだ。

だからして、解答例は、まず理屈の組み立て方に注意を払うべし。まずはとりあえず信頼して読むのはいいとして、でも解答例にちょっとひっかかるなと感じるところがあれば、調べられるものなら調べてみるとか信頼できる先生に尋ねてみるとかするのが賢明だというところか。面倒臭くったって、実際に世の中そうしたもんなんだから、まぁ仕方ありませんね。うー。


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吉岡先生のロングセラー。この10年かそこいら、いろんな小論文の学参が現れては消えていったけれど、結局良書が生き延びているということだよなぁ。これから始めるヒトは、まずここから。


構成がしっかりしていて、学習手順もよく考えられたものになっている。学生さん・社会人さん一般にお薦めしておいてまず間違いないと思う。大学受験生に向いているかどうかはちょっとわかんないけれど、その指導者さんが教えるべきことを考えなおしたり添削の質をあげたりするのには有益だろう。並の文章術指南書は読み飽きたぜぃってな強者つわものさん(?)にも、かな。


  • 注1 批判が趣旨ぢゃないのでリンクは張らない。どこの予備校の速報だろうとあり得る話。どこのことだか勘繰らぬがよろしい。
  • 注2 だって、スポーツの理想的なありようなんて、語ろうとすればどうとでも語れるわけでしょ。たとえば、《しかし、私は、スポーツとは本来「人間同士をつなぐもの」であると思う》とか何とか。そういう語り方よりは話の通りはいいし、あぁスポーツに対して、平均的受験生よりは日頃から関心を抱いているんだな、ってふうに見えるもん。
  • 注3 もちろん、僕が読んだかぎりでは吉岡先生ので見かけたことはないです。はい。

最終更新日時 : 2016-11-26 12:47:12  

がんばってるのにダメダメな答案のパタンっていくつもあるのだけれど、その中でも多いのが事実(具体例)を列挙してあるだけのヤツ。毎日、新聞も読んでいるんだろうし、テレビだってメモを取りながら見ているのかもなぁ。でも「意見」「考え」が求められている問題なのに、いっくら主題にまつわる事実ばかり具体例として挙げたって、それだけじゃ問いの求めに応じたことにならない。それ以上に重要になるのは、事実が持つ意味を明らかにすることだ。「意味を明らかにする」って云い方自体、ちょっと通じにくいかもしれないんだけど、がまんして先に読みを進めてほしい。


例題

抽象的な話をしていても分かりづらいだろうから、ここで一つ例題を。書かなくてもかまわないから、とりあえず自分なりの答えを考えてみよう。

次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。

昼前の東京・山手線の電車。座席はほぼいっぱいで、立っている人たちがちらほら。と私の斜め前の席に座っている若い女性がコンビニの袋からお弁当とお茶を取り出し、悠々と食べ始めた。あたかも自宅の茶の間にいるがごとし。

車内で化粧する女性は、珍しくはない。若い層に多いような気がする。なかには、ひざの化粧バッグを開けて、一から本格的に取り組む人もいる。他人の目など、まったく気にしていない。下校時の電車で、身をくねらせて、制服の上着を脱ぎ替える女子高校生を見た同僚もいる。昔は駅のトイレがこの種の更衣室だったものだが、と彼の妙な嘆息。

むろん、男性にもいくたの類例あり。彼らは、自分の周りに見えない障壁を張り巡らせている。透明な殻の中に一人ひとりが閉じこもり、外の世界との接触を絶っている。座った彼もしくは彼女の前に、かりに疲れた老人が立っても、彼らの目には映らない。だから席も譲らない。

電車内で携帯電話をかけていた若い女性が、中年男に殴られた。うるさくて気に障ったのだという。ほかの乗客が止めに入り、男は警察に突き出された。少々酒を飲んでいた。最近、そんな事件があった。男がとがめを受けるのは当然だが、傍若無人な携帯電話族が増えている(この例はともかく)のも事実。彼らの多くは、殻の中の自分の声は周りには漏れない、と錯覚している。

この間まで、日本には以下のことばが存在したように思う。〈人目がうるさい。人目を忍ぶ。人目を避ける。人目をはばかる。人目を盗む……〉。そして、人目を引いたり、人目に立ったり、人目に付いたりすることは、人目がうるさいから、と戒める風があった。

人目ばかりを気にしなければならない社会は、むろん息苦しい。といって、人目に余る振る舞いが横行する世の中も、もう少し何とかしたいと思う。

(朝日新聞「天声人語」)

問い 本文を参考に、あなた自身の具体的体験を交えつつ、「人目」に対するあなたの考え方を600字以内で述べよ。

(三友堂病院看護専門学校・一部設問省略)*1


すぐさま「ダメ/いい」じゃんを決めない

で、ここで考えて欲しいのが事実の意味づけなのだ。

こういう問題で、一番目に付く答案のパタンは、「携帯電話」あたりの話を引っ張り出してきて、自分も似た経験を持っているぞと体験談を語り、筆者のいうように、もうちょいと人目を気にすべきだ、みたいなことを書いてお茶を濁すヤツだ。つまり、自分の意見がない。もちろん、電車の中で飲み食いするのは素晴らしい、携帯電話も大声でかけりゃぁいいじゃないか、なんて書いてたら単に非常識なヤツってことで終わっちゃうから、それよりはマシかもしれんけどね。そういうイイ/ワルイをさっさと決めちゃってる答案って、いかにもものを考えてないなぁ、ってふうに見える。

だって、そういう答案には、事実をていねいに見直すっていう姿勢が欠けているんだもん。事実が持つ意味を考えるというのは、思考の第一歩。この課題文だって、電車内での化粧や着替え、携帯電話の使用に「自分の殻に閉じ籠り人目を気にしていない」考え方がうかがわれるっていうふうに意味を解読しているわけだ。

でも、こういうところが一番考察の面倒なところ。新聞のコラムや社説の水準だと、割とこういうところを簡単に済ませちゃってる。だから、いくらでも突っ込みを入れることができちゃうのだ。たとえば、ちょっと考えればわかることだけれど、お化粧や着替えって本当に完全に人目を気にしない人ならしないことでしょ? よほどのナルシストさんででもないかぎり。何らかの意味で人目を気にするからこそ人は化粧もするし、着替えもする。携帯電話だって、まぁ人と話をしているって点をとってみれば、自分の殻に閉じ籠っていると極めつけられるモンでもないでしょ?とすれば、天声人語が語るあれやこれやの事実に対して、ちょっと違うんじゃないかって疑問を持てもする。でもって、ちょっと違った意味づけも可能になってくる。

化粧や着替えは、たぶんこれから会う彼氏とか友だちのことを気にしてするんでしょ?つまり、自分の知り合いの「人目」を気にしてる行為なんだと意味づけられる。もちろん、電車内の知り合いじゃない人たちの「人目」に関しては、天声人語の筆者がいうように、ろくすっぽ気にしていないと整理できちゃうかもしれない。そうしてみると、たとえば日本人論みたようなのに割としょっちゅう顔を出す、ウチ/ソトの分け隔てみたいなちょっと古典的な話にだって結びつけられるわけ。

ウチ/ソトの分け隔てというのは、日本人は自分の属している集団(家族・会社・学校・国家・クラス・顔見知り……その他いろいろ)では親密な関係を作りたがるけれど、反対にそうした集団に属さない人、他集団に属している人に対しては、無関心であったり冷淡であったり、あるいはしばしば敵対的であったりするってやつだ。まぁどんな民族だって大なり小なりそういうところはあるけれど、日本人にはとくにそういう傾向が強いんじゃないかって話。そういうのを思い出せれば、天声人語に取り上げられた事実は、一見若い者の放縦と見えて、実は日本人の伝統的行動様式みたいなのがかえってよく出てるもんだ、と考えられもする。知り合いである「ウチ」の人目はすんごくはばかってるくせに、電車内の知らん人、「ソト」の人目はまぁどうでもよろしいってわけだ。

そう考えると、天声人語筆者の思いはわかるけれどって場合なら、人目を気にすべきだってだけじゃない主張を提案することもできるし、あるいは単純に、筆者の主張は人目の捉え方として粗雑だと批判しながら自分の人目論を展開できるかもしれない。自分の経験を取り上げるにしても、電車の中での似たような事例じゃない取り上げ方だってできるでしょ?狭い身内の人目に縛られているくせに、広い公共空間での人目は気にしないって話は、別に電車内にしか転がっていないわけではないもん。

で、そういう事実の意味づけ具合の部分こそ、受験生の思考力と教養がバレちゃうところになってる。ここいらへんはただ新聞記事に出てる時事的な事実を収集したり社説を読んだりするだけじゃぁ、大したことが書けないってところなのだ。ときどき勘違いしている人がいるんで念のため。あんまり本を読まない人にはカッコよく見えちゃうかもしれんけれど、社説はあくまでジャーナリスティックな文章なのだ。アカデミックっぽい考察が要求される小論文学習で参考とするには不向きであることって多いのだ。新聞なら、せめて文化欄の署名記事を参考にしてくれぃ。とくに中堅大学以上のところを狙ってる諸君にはそう云っておかんといかんと思う*2。でもって、意味づけって、「ウチ/ソト」みたいな、意味づけ頻出語みたいなのを知っているかいないかが大きくものを云うものなのだ。


意味づけのための言葉を採集すべし

じゃぁそういう部分、どうすれば何とかできるだろう? といえば、大急ぎってことなら、まぁ現代文の教科書や入試問題、とくに評論・批評や硬めのエッセイ類の本文を読み直すってことになる。あるいは、本当はこれが一番マシなのだけれど、各自の志望学部学科系のいろんな大学の小論文過去問の課題文を読むこと。全部が全部、受験生に好都合ってわけじゃないけれど、限られた時間のなかで安上がりに効率よく事実に対する意味づけの言葉を身につけようとするなら、そういう受験のための素材に眼を向けるのがいいんじゃないかしら。

読書家を自認する諸君の場合なら、自分の好きな書き手さんが事実をどんなふうに評価していたのか、そこいらへんを振り返って見られるとよろしい。ただし、小説なんかじゃだめだよ。作家さんのエッセイ類(作家さんによっては小論文向きじゃないケースもあるんだけどね)を振り返ってみるべし。評論の類が読書のレパートリーにしっかり入っているんなら、僕からとくに申し上げることはないか。

そういう文章は、たいてい事実の列挙なんかにはなっていないはずだ。しかるべき事実が取り上げられていても、文章の展開の中心になる部分では、事実の意味づけや他の書き手の意味づけに対する批判的な意味づけが行われている。そういうところでどんな言葉が用いられているか、自分にも使えそうだと思えるものを採集していくわけ。そういう作業をしてみると、改めて語彙力の重要性にだって目覚めちゃう人、出てくるんじゃないかぁ。


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  • 注1 問題、および問題中に引かれた出典の、本記事での使用は、著作権法上の「引用」の範囲に収まると考えておりますが、もし著作権者からの苦情があった場合には、この記事はただちに削除いたします。
  • 注2 だいたいからにして、新聞って別に勉強のために読むモンジャぁなくてさ、現代人なら読んでて当たり前田のクラッカーなんだぜ。そんなもん読んで勉強した気になっちゃうってのは困りモノ。まぁ、僕はネアンデルタールなので新聞なぞ一切読まないのだが。

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