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最終更新日時 : 2017-02-16 21:46:17  

ロケーションは百貨店内の手洗い。「百貨店では生まれて初めて」と書いたけれど、百貨店でなくても初めてぢゃないかな。「(注射針等)」と強調までされているということはやはり注射針が捨てられていたということなんだろうか。

同じ階には眼科医が入っているのだけれど、眼科で注射なんてそうそうしないものぢゃないかしら。もし眼科が怪しいとすれば、たぶんこんな貼り紙にはしないで直に苦情を伝えるだろうし。だから下手人が眼科であるとは考えにくい。

となると、百貨店のあまり人目につかない場所での注射針というあたり、想像の飛ぶ方向は限られるだろう。もし想像が当たっているなら、貼り紙よりも通報のほうが市民社会的には正しい対処ではないかという気もする。とすれば、想像はハズレているということになるんだろうか。それとも、官憲が店内に入って捕物を繰り広げるなんぞという事態になれば、店の印象を損ねる報道など行われる危険があるから、そのへんを考えて苦渋の選択としてこの貼り紙になったということなんだろうか。

まぁ、素人が憶測を巡らしたところで、わかるわけないですわね\(^o^)/


「注射針」で検索したらば、ゾロゾロ商品が出て来て焦っちゃった。考えてみれば、注射器は医療器具とは限らない。細かな工作に必須の工具でもあったわけだ^^;。しかし、これ、日本語変だよね。「ご使われてます」って何よ。




最終更新日時 : 2017-02-05 12:52:45  

過日所用の道すがら、萩原はぎわら天神*1。小さくても天神様の前なんだから「天神橋」を名乗らないでどうする、ってなもんか。

これは以前にも一度取り上げたことがあったかな? 発泡スチロールのケースをプランター代わりにしているの、まさか宮司さんがやらかしているってわけぢゃないよねぇ。

まだまだ新しく見える狛犬、というか両方ともつのが見当たらないから獅子なのかな。なんとなくロボ感あるなぁ。

古いのが鳥居の奥側にあるのだけれど、そちらは狛犬と獅子の組み合わせになっている。

こう撮ると、ちょっと現実の萩原神社とは違う雰囲気になっちゃったかもな。

最初の牛は、そもそもお祖父様が奉納したもの、戦時中金属の供出に遭い、戦後お孫さん二人が改めて奉納したものなのだそうな。牛の台座の正面にある銘板にそのへんの経緯が記されている。

下の石像のほうも奉納されたものらしいのだけれど、経緯その他はちょいとよくわからない。石であれば供出させられることもなかっただろうけれど。こういうふうに並んでいるところ、なんとなくそこはかとなく面白い。

関係ないが、上の写真右に見える「思い出の背比べ」、なるほど受験生のような若い世代から訪れる神社にはふさわしいものなのかもしれない。近年では「お受験」で受験生の低年齢化も進んだことだし。でも、ただ背丈を測り写真を撮るだけというのはもったいなくないか。今の時代なら、たとえばスマホから撮影した写真や音声、短文などをネット経由で神社のデータベースに納められるようにしておいて、再度訪れたときこの碑にスマホをかざすと前回、前々回訪れたときの写真その他がスマホに呼び出されるようにしておく、なんてな工夫があるとリピータをちょびっとくらいは増やす工夫になったりしやしないかしら。ダメかなぁ。う~ん。

写真ではスケールがわからないけれど、旧本殿、かなり小さい。階段や社殿の扉など、普通のヒトが利用できるサイズではない。元々は神仏習合のお寺の中の社みたいな具合だったのかな?

「原寺」は「萩原寺」のこと。萩原寺は萩原神社の別当寺[ググる!]だったはず。そのへんの細かい話はすっかり忘れてしまったが、萩原寺は「大聖寺」と呼ばれることもある条坊も多い結構デカい寺だったらしい。そのへん、エントリを書くに当たって確認しようと思ったのだけれど、萩原神社のオフィシャルサイトにもウィキpにも記述がない。うーん。神社本庁系歴史的廃仏毀釈ですかね、というのは下衆の勘繰りm(_ _)m

恵比寿神社前。これも以前一度取り上げたことがあるような。……あ、未復旧エントリかぁ。うーん。「のた魚[ググる!]」を知らぬではヒトとして生まれた甲斐がないので、ご存知ない方は緊急即刻ググっておきませう。

しかしなぁ、以前取り上げた菅原神社も*2陶荒田神社も*3道真公と恵比寿様を共々祀っているとはどういうことか。堺と云えば商売の街、読み書き算盤(天神様)に商売繁盛(恵比寿様)の組み合わせが神社としてはマーケティング・リサーチ的に正しい戦略なのだ、というわけでもないだろう。この萩原天神界隈や陶荒田神社あたりは、江戸期あたりなら商業地帯というよりは農業地帯、新田開発も行われた一帯だったと見て良さそうだもんね。そこいらへん、どうなんだろう。面倒臭いときには《古来より日本人は学問を愛しており》云々デンデン♪とかテケトーなことを云っておけばよろしいかもしれないけれど、ホントのところ、少なくとも今日の本邦の為体ぶり、口が裂けてもそうは申せませんわなぁ。

詳細はさっぱりわからないけれど、そのへんは氏子でもない人間が気にしても仕方ない。

それにしても御神木の伐採とはなぁ。


  • 萩原神社のページhatebu
  • 萩原神社 - Wikipedia

    オフィシャルサイトもウィキpもあんまり詳しくない。社伝の類、ダイジェストでも確認できれば、記事に反映できるかと思って覗いてみたのだけれど。う~ん。

  • 萩原神社前hatebu

    ストリートビュー、萩原神社正面。ストリートビューからだとストレートに最寄り駅へと歩みを進められないし、境内にも入れないみたいだ。南海高野線萩原天神駅からのルートは、以下で確認されたし。


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最終更新日時 : 2017-02-03 12:47:17  

意味はわかるから「向き」で困るわけではないのだけれど、何となく違和感を覚える。自分の知らなかった言葉遣いというのは、仮にそれが正しいと世間的に認められるものであっても、気持ち悪さ、落ち着きの悪さを感じてしまう。いや、「向き」が正しいと認められている表現なのかどうか、この場合は知らないのだけれど。でも、堂々と2箇所で使われているのだから、たぶん少なくとも乗合バス業界では正しいと認められているものなのだろう。


どこそこ「行き」なのはバスの車両であってバス停ではない。だから、「北野田駅福町停留所」という表現は、理屈として正しくないのかもしれない。でも、「向き」といっても、バス停留所の、あれは何ていうんだろう、看板、立看でもないし高札というのも変だし……あの時刻表のついたバス停の目印に然るべき表面と裏面が存在していて、その表正面が北野田駅の方向を「向いている」というわけではないように素人目には見える。プロが見れば、表と裏は紛れようもないものと見えるのだろうか。

加えて、2箇所にわたる使われ方も奇妙に思える。上のものは用語の問題として我慢してもいい。けれど、下のものはどうか。話は通じるとしても、同じことばが短いテキストの中でまったく異なった意味で用いられているのが気持ち悪くはないか。下のほうは「北野田駅寄りに」とか「北野田駅に」とかしたほうがスッキリするのではないか。う~ん。


というようなことをウダウダ頭の中で転がしながら、でも別に南海バス堺営業所あたりに苦情を訴えるというようなことはこれっぽちも考えない。そんな面倒臭いこと、するわけがない。ただまぁ、違和感をゴロゴロ転がすのをいくらか愉しんでいるというテイタラク。


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ブルーレイが出てたのですか。でも、たぶん普通のDVDと大差ないんぢゃないかなぁ、元が元だから。



最終更新日時 : 2017-01-16 22:21:12  

以前、界隈にお地蔵様があんまり見当たらないと書いて、そんなことはないでしょう、とコメントを賜ったことがあった。その後、徐々に散歩の範囲を広げてみると、あるわ、あるわ、あちらこちら四方八方其処彼処におわしますね。ということは、たぶん実家近所にだってかつては、ということがあるのかもしれない。50年代以降の新興住宅地には、消されたお地蔵様も結構あったのかな。

それでも、こういうふうに複数のお地蔵様がまとまって、というのは、こちらに戻ってからは初めて目にする。東京東部だと、頻繁に、とまでは云えないにしても、それなりの数、こういうのを見かけたことがある。上のツイートで「時折」と書いたのは、そのことが念頭にあったからだ。

で、その多くは、どこかが欠けていたり融けたような跡焼けたような跡が残っていたりしたのがまとめられて、というふうで、確認は全然取っていないのだけれど、大空襲の結果なのではないかとぼんやりと思い込んでいた。

けれど、この写真の界隈、堺市中区が空襲にあったという話は聞かない。どういう事情でまとめられるに至ったのだろう。宅地開発とかそこいらへんの事情なんだろうか。翻って、東京で目にしたものも、実は大空襲とは関係がなかったりしたんだろうか。

もちろん、御一行様スタイルのお地蔵様は、昔話の挿絵やアニメの定番ではある。けれど、ああいう場合はたいてい列をなしているものであって、こんなふうにまとめるという感じぢゃぁないよねぇ。それとも、こういうのもああいうのの一つのヴァリエーションなんだろうか。というか、そもそも一列に並ぶのってのにはどういう由来があるんだろう。う~ん。

しかしなぁ、こういう身近なアレコレについてだって、自分はなぁにも知らないというのには、毎度のことながら呆れちゃいますね。いやはや。


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最終更新日時 : 2017-01-09 12:29:36  

写真は5日、所用の道すがら。三ヶ日も過ぎて、もういているだろうと踏んでいたのだけれど。うーん。境内も同じような具合で、落ち着いて拝めるというふうぢゃなかった。残念。「撤去作業」と書いたけれど、菅原神社は戎様も祀られているから*1、戎祭に備えての設営も加わっていたのかもしれない。考えてみれば、いくらなんでも松の内に初詣関連のアレコレを撤去しちゃってオシマイってことはなさそうだもんなぁ。

作業中でなければ、以下のような具合。鳥居前は、呑み屋が建て込んだ狭い通り。なかなか撮りづらい。上の写真も向かいの店の壁に背を貼りつけるようにして撮ったというのに、なんだよ、ストリートヴューのほうがよほどちゃんと撮れてるぢゃないか。うー。

ストリートヴューでは、楼門正面からは境内に入れないが、右脇の「菅原神社」と記された碑をクリックすると入ることが出来る。ストリートを移動するときとはかなり勝手が異なる*2みたいだけれど、一応境内が見られるようだ。

鳥居奥の随身門は、界隈の建築ではめずらしく金比羅宮とともに戦災による焼失を免れている。楼門建築そのものも府下ではめずらしいらしい。大阪府の文化財指定を受けていたはず。

常楽殿南門は、この画面を右に進んで出喰わす通りを左に折れてちょっと先。通りの左側に注意していればわかる。こちらはたしかにちょいとお寺さんふう。

「たしかに」というのは、神仏混淆が当たり前の時代の創建で、成り立ちを記せば、常楽寺境内に設けられた天神社、神仏分離を契機に寺関連のアレコレを廃して菅原神社となったとかなんとかいう事情による。随身門だって考えてみれば、楼門といえばお寺さんに決まってるJK。そこいらへんはググればただちに確認できる(菅原神社 堺[ググる!])。

石田梅岩は1817(文化14)年、堺で心学塾、庸行舎を開いている。この坐像は、それを記念しようということで、1939(昭和14)年に当時の府立農学校経済農場の北門に作られたのだそうな。いつぞやの「学舎之趾」hatebuのあたりになるはず。どういう事情でこちらに移されたのかは知らない。でもたぶん、元々は櫛屋町大道での開塾、農学校では記念の像を設けるにはいささか遠い。隣町(くらいになるのかな?)とはいえ近所には違いないし、適当な土地が確保出来るのであれば、学問の道真公と商売の戎様に間借りするのも、何となく石門心学と似つかわしくもあって気が利いているぢゃないかとかなんとかいった具合なんぢゃないか*3

決して名作、傑作だとは云えない造形、千虎の本領である動物像、たとえば獅子像や大浜公園の樺太犬像の勢いにはいくらか劣る感じがしなくもないけれど、一般によく知られた肖像*4の雰囲気をとどめつつも、そこに見られる神経質な表情をずっと穏やかな、実直さみたいなふうに捉え直したところなどは悪くない、というか、いいんぢゃないかと思う。


と、そんなこんなで、結局初詣というふうぢゃなくなっちゃったのだけれど、2月にでもまた出かけますかね。


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菅原神社については、104ページ下にちょろっと記述があるだけなんだけれど^^;


  • 注1 このへんはちょこっとだけだけれど、「本日の海底隆起/戎島」hatebuでも触れた。
  • 注2 進行距離が雑なので、たとえば下で取り上げる石田梅岩坐像その他の見どころが表示できないのは残念。こういうのは知っているヒトが撮影しないとダメなんだろうなぁ。それとも、せっかくの見どころは見に来なさいというわけで、撮らせなかったんだろうか?
  • 注3 これは素人の完全なアテずっポ、ゆめ信用召さるナ^^;
  • 注4cf. 石田梅岩 - Google Images Search

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