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最終更新日時 : 2017-06-02 23:06:19  

と、空気の冷たさを感じていられたのはこの日の夜までかな。梅雨入りもそうは遠い話でもなさそうだし。

いや、今夜は今夜でまた涼しいか。

季節の変化は当たり前のことながら一貫した漸進的なものではなく、たいてい凸凹した変化なのだな、というようなことを毎年感じ直すというオマヌケの繰り返しがあり、ここのところはそれに加えて気候変動だかなんだかの凸凹具合、こちらの備えと季節変わりゆきが都合よく重なることは滅多にない。そこいらへんが寒暖の過ごし辛さの印象につながるのか、とも考えるのだけれども、いやまぁ、やっぱり歳のせいかな。

放り出しておいて問題がなさそうなのは電話線かな。イマドキ固定電話にどれほどの需要があるのかわかんないけれど。

首を吊るにはいささか強度に不安があるし、

と、高さの問題もある。いや、別にリアルに首を吊ることなど考えていやしませんが(^_^;)

こうゾンザイに丸められているということは、たぶん近々にご近所で新たな電話線なり電線なりが伸ばされる場所が出来るということなんだろう。でも、空地の類は今のところ見当たらない。ということは、新たに空地が作られることになるということなんだろうか。


「容疑者追跡のお手柄警官 緊迫の“舞台ウラ”を激白(17/05/31)」(ANN、YouTube)hatebu、先日、札幌での宝石店強盗未遂犯を捕まえたおまわりさんへのインタヴューから。高校時代陸上部で1500メートルを専門にしていたとはいえ、身につけた装備が8キログラムともなると、ダッシュをダッシュとはなかなか傍から見てもらえない辛い追跡になっちゃう。ホントにご苦労様。

日頃の巡査さんを見る目もちょっと変わってくるな、というか日常的に目にしていることでも、全然知らないことってのは歳を喰っても尽きることがないな。いやはや、やれやれだ。


その他、書くほどのことはないですかね。

あぁ、小論文の添削のあり方について、少しまとまった記事、書いたほうがいいんだろうなぁ、添削って毛を吹いての粗探しぢゃないんだからさぁ、と思う折アリ。ここで書いたところで、世間様にどれほど影響を及ぼし得るかと思うと書く気力が萎えてしまうのだけれど。まぁ、またそのうち自己満足程度にいっちょ、改めて。


このところの喫煙所・信号待ち本サイデンステッカー『東京 下町山の手』(ちくま学芸文庫)、なかなかおもしろくて所用のたびに持ち歩いてはゆきつもどりつ読んでいる。

たとえば、谷崎潤一郎の記述からの引用。箱根に滞在中に関東大震災の知らせを受けた折のことを思い出してのものなのだけれど……

ラフカデイオ・ハーンは、人は悲しみの絶頂にある時に見たり聞いたりしたことを生涯忘れないものだと云つた。だが私は又、人はどんなに悲しい時でもそれと全く反対な嬉しいことや、明るいことや、滑稽なことを考へるものであるやうに感じる。なぜなら私は、かの大震災の折、自分が助かつたと思つた刹那横浜にある妻子の安否を気遣つたけれども、殆んど同じ瞬間に「しめた、これで東京がよくなるぞ」と云ふ歓喜が湧いて来るのを、如何ともし難かつたのである。……サンフランシスコは十年を経て前より立派な都市になつたと聞いてゐるが、東京も十年後には大丈夫復興する。そして、その時こそはあの海上ビルや丸ビルのやうな巍然ぎぜんたる大建築で全部が埋まつてしまふのである。私は宏壮な大都市の景観を想像し、それに伴ふ風俗習慣の変革に思ひ及んで、種々な幻影を空に描いた。井然せいぜんたる街路とピカピカ*1した新装の舗道と、自動車の洪水と、幾何学的な美観を以て層々累々とそゝり立つブロツクと、その間を縫ふ高架線、地下線、路面の電車と、一大不夜城の夜の賑はひと、巴里パリ紐育ニューヨークにあるやうな娯楽機関と。……さう考へた時、復興後の東京の諸断面が映画のフラツシユの如く幾つも幾つも眼前を掠めた。夜会服と燕尾服やタキシードとが入り交つてシヤンペングラスの数々が海月くらげのやうに浮游する宴会の場面、黒く光る街路に幾筋ものヘツドライトが錯綜する劇場前の夜更けの混雑、羅綾らりよう繻子しゆすと脚線美と人工光線の氾濫であるボードヴイルの舞台、銀座や浅草や丸の内や日比谷公園の灯影に出没するストリートウオーカーの媚笑、土耳古トルコ風呂、マツサーヂ、美容室等の秘密な悦楽、猟奇的な犯罪。いつたい私は、さうでなくてもいろいろ突飛な妄想を描いて白昼の夢に耽る癖があるのだが、これらの幻が実に不思議にも、妻や娘の悲しい俤の間に交つて、執拗に纏綿するのであつた。

「東京をおもふ」

とは、大先生、「しめた、これで東京がよくなるぞ」の果てが「猟奇的な犯罪」ですかぁ。どこが「よく」なりますねん、ってなもん。大作家ともなるといつなんどきとても、フィクションの方へ思考がハミ出してゆくものだ、とか何とか云っておけば、とりあえずもっともらしい感想にはなるのかもしれないけれど。ホントにそんなもんなんですかね?

というようなのは本筋を離れた戯けた読み具合なんだけれど、いろんなレヴェルの記述が絡んでいるのが本書の魅力であって、読者に《いろいろ突飛な妄想を描いて白昼の夢に耽る》ことを許す懐の深さ広さが備わっているんだから、まぁ仕方ありませんね\(^o^)/


立ち読み課題図書、その他

東京 下町山の手 1867-1923 (講談社学術文庫)
エドワード・サイデンステッカー
講談社
売り上げランキング: 394,630

僕が読んでいるのはちくま学芸文庫版だけれど、今ならこちらのほうが入手しやすいと思う。僕もこちらを購入して、で、酔っ払ってどこかに置き忘れたのだけれど\(^o^)/。学芸文庫版は古書店にて安価に落手。


東京 下町山の手 (ちくま学芸文庫)
エドワード サイデンステッカー
筑摩書房
売り上げランキング: 45,387

表紙カバー絵はこちらのほうがいい感じ。


ネコがメディアを支配する -ネットニュースに未来はあるのか (中公新書ラクレ)
奥村 倫弘
中央公論新社 (2017-05-08)
売り上げランキング: 31,160

タイトルの勝利、だけれど、何となくタイトルだけで中身の想像がついてしまいそうな。とはいえ、読むかな。


私のつづりかた: 銀座育ちのいま・むかし (単行本)
小沢 信男
筑摩書房
売り上げランキング: 158,579

2月に出ているはずなのだけれど、ご近所では未だ御目文字叶わず…(;´Д`)ウウッ…


バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)
前野ウルド浩太郎
光文社 (2017-05-17)
売り上げランキング: 194

ご近所では御目文字叶わず。やっぱり大和川を超えて北上しないとダメかなぁ。ご近所にもあるチェーンの書店、高野線沿線の支店では『ビニール傘』が全滅だったしぃ。

中学生時代、『現代詩手帖』と出逢えたのは、一番近所の書店だった。そこ、今ぢゃどこぞのネット書店の配送所に成り下がって立ち読みなんぞ出来やしない。ちょっとどうにかならんもんか、出来んもんか。う~ん。


  • 注1【引用者註】原文での表記は「ピカ」と「く」状の繰り返し記号。以下同様。


最終更新日時 : 2016-09-06 01:52:24  

ねぇ。

全然くぐれないってわけでもないといえばないけれど。

どこをどう進めば神社にたどり着けるのかちゃんと表示しておかないと、ひょっとして廃神社なのかしらと思うヒトも出て来ちゃうんぢゃないかしら。陶荒田神社[ググる!]は、ちゃんと今もあるんだけれど。

暑い最中、こういう光景ばかりに出喰わし続けると、なんとなくJ・G・バラード的な終末感漂う別世界に迷い込んだような気がして来ないでもない。

斜めになっているところを見れば、やっぱり建付が悪いのだろうか。けれど、南京錠の鍵部分を通す穴の高さは現状でぴったりあっているようにも見える。とすると、このフックみたいなヤツが斜めになるようにデザインされたということなのだろうか。斜めにデザインすると何かいいことがあるのだろうか。人類の考えることは、毎度よくわからない。

最寄り駅すぐ脇。近くにポスターもあってやっぱり何かあるらしい。

何とか「まつり」の類のポスターは他にもいろいろあるのだけれど、道を歩いていてお囃子の類が聞こえてくることがない。砂町、亀戸、今時分ならその手のあれこれが聞こえてこないことがないくらいだったのが、懐かしい。

「すでに」というよりは、つねにすでに。

このあたり、維新のポスターがとにかく目立って、次いでこころ。松井某の顔ばかり見た後だと西村某の顔が好々爺に見えてホっとするくらいの差はあるかな。そのまた次が自民、公明。たまに共産、さらにまれに民進。社民は絶無なんぢゃないかな。全然支持者なんぞじゃないけれど*1、社民、しっかりせぇやぁという気になって来ないでもない。それにしても一体どういう土地柄なんだろう。やっぱりバラードの世界だってことなんだろうか。うーん。


沈んだ世界 (創元SF文庫)
J.G.バラード
東京創元社
売り上げランキング: 50,739
結晶世界 (創元SF文庫)
結晶世界 (創元SF文庫)
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J・G・バラード
東京創元社
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燃える世界 (創元SF文庫)
J.G.バラード
東京創元社
売り上げランキング: 704,749

立ち読み課題図書、その他

ご注文あり。毎度ありがとうございまぁす。

Kindle版。元本、アチラでは昨年ずいぶん話題になったらしい。


山羊の肺 沖縄 一九六八‐二〇〇五年―平敷兼七写真集
平敷 兼七
影書房
売り上げランキング: 963,728

ちょっと前のNHK教育「日曜美術館」で取り上げられていた写真家さんの。全然知らないヒトだったのだけれど、恐ろしく魅力的な作品ばかりで驚いたのだった。しっかし、写真集ってのは高いもんでございますねぇぃ、アイドルものとかを除くとぉ。うー。

cf. 平敷兼七[ググる!]


  • 注1というか、支持政党なんぞありゃしませんけれど。


最終更新日時 : 2016-08-02 10:01:44  

どこへ行っても、逃れ難く暑い。

でもって、「世界の気温:暑い年、危険水準…産業革命以来の非常事態に」(毎日新聞)hatebuっというわけで、たぶん、この暑さはご近所ばかりの話などではなくて、地球規模の気候変動さんとなにがしかのお付き合いのあるものなわけで、「どこへ行っても」は漠然と思い浮かべる日常的な移動の範囲を超えているような絶望的な「どこへ行っても」なのですね。いやはや。

国連環境計画(UNEP)『地球環境概況2000』[ググる!]の段階で、「90年代後半の大気中の二酸化炭素濃度は過去16万年間で最高。京都議定書の目標すら達成できそうになく、地球温暖化の防止はおそらく手遅れだ」(日本経済新聞、1999年9月9日)ってな話になっていたものを、実質的には放置同然にうっちゃらかって来たんだから、まぁ仕方ありませんね。


けれど、こういう折はどういうわけか読書なども捗るもので、要はテメエのオツムが暑さで回らず、他所様の脳みそを借りてオイルの一つも注してやりましょうかねというところ。どうせなら、わけのわからないヤツというわけで、現在は、

我が詩的自伝 素手で焔をつかみとれ! (講談社現代新書)
吉増 剛造
講談社
売り上げランキング: 118,779

などゆきつもどりつぼそぼそ。

たぶん、「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」(東京国立近代美術館)hatebuあたりを当て込んでのもの、とはいえ、吉増剛造が新書で、ということになれば、手を出さないわけにはいかない、いかないものの、しかしまぁ、やっぱり読んでも読んでも読んだ気がなかなかして来ない\(^o^)/。それでも、林浩平らによる聞き書きであるぶん、一般的なヒトによる整理が入っているわけで、詩人本人の散文よりは僕みたいな一般人の頭にもいくらかは入りやすい。入りやすいだけではなくて、読んでいておもしろいからたちが悪い。

しかしなぁ、吉増の詩の読者が吉増の人生を語る文章を読む意味って何なんだろう? 別にそれが大きな手がかりになって作品のドッカイが捗るというわけではないことは、読む前からはっきりしている。にもかかわらず、読んでおかなきゃな、という気分になるのも、我ながら謎だよな。

その他、石川淳[ググる!]絶筆未完作『蛇の歌』など。『狂風記』で終わりだったのかなぁというようなことを改めて感じたりして、うーん。


お若い方と話をしていて気になることはいくらもある。その一つがデモをめぐる話。まぁ五月蝿いといえば五月蝿いかもしれないし、迷惑だといえば迷惑なことだってあるかもしれない。でも、音量と持続時間において選挙運動期間中の街宣よりははるかにマシだし、迷惑についてだってお祭りやマラソンの折の交通規制、さらには新歓コンパシーズン週末夜の学生街なんぞと比べれば、屁みたいなものだ。屁のようなものだということは、漠然と思い込まれているよりもずっとカジュアルなものだということでもある。フォーマルな屁といったものもこの世には存在しているのかもしれないけれど、さしあたりそのような高尚な屁はどうでもよろしい。デモがカジュアルであるというそのへん、少なくとも自由主義圏であれば、日本のことはさておき、世界を眺めるかぎり動かない話だ。

というわけで(でもないけれど)、思いつき的に14日の晩あたりからはてブに、「demoに関するNeanのはてなブックマーク」hatebuを設けてみた。話題を見つけても、まだついついタグをつけるのを忘れたりするし、そもそも日頃の巡回範囲が狭いから、全然網羅的ではないいい加減なものだけれど、カジュアルなものだということを実感するには充分だろう。先進国途上国を問わず、何かに反対だからデモってばかりではなく、何かに賛成、何かを支持するってんで行われるデモ、何かを考えてくれってなデモもあって、そのへんのヴァリエーションはなかなか。このへんだけをとってみても、日本はデモに関するかぎり、はっきりと後進国に属するといわなければならないとわかっちゃう。

ただし、上の「デモ」の範囲は少し広めにとってある。デモ(に対する警備)の準備やらデモからいささかはみ出して暴動一歩前みたいなのやらまであるから、リンク先を見ていささか違和感を覚えるところもあるかもしれない。そこいらへんは鷹揚に構えて御覧いただけると幸甚。


立ち読み課題図書、その他

かきごおりすと Vol.4
かきごおりすと Vol.4
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メディア・パル
売り上げランキング: 26,402

ご注文あり。毎度、ありがとうございまぁす。それにしても、ひさしくかき氷、喰ってないなぁ。


理不尽な進化: 遺伝子と運のあいだ
吉川 浩満
朝日出版社
売り上げランキング: 20,882

ご注文あり。毎度、ありがとうございまぁす。なんとなく「理不尽な」という云い方が気になるところだけれど、読まずに云うのはアレか。


大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争 (幻冬舎新書)
辻田 真佐憲
幻冬舎 (2016-07-29)
売り上げランキング: 253

海外報道なんぞをほんの少しばかりかじっていると、そろそろこのあたりは気にしていないとダメなんだなという気分になる。


Now And Then
Now And Then
posted with amazlet at 16.07.31
LOOP POOL
revuver (2016-07-13)
売り上げランキング: 39,992

LOOP POOLの新譜。かなり気持ちヨサゲ。


遠読――〈世界文学システム〉への挑戦
フランコ・モレッティ
みすず書房
売り上げランキング: 88,611

円城塔がどこだかの書評でエラく褒めていた。


ボンビーなアタクシには目の毒ですね…(;´Д`)ウウッ…



最終更新日時 : 2016-06-14 10:12:16  

夏至ももう間もなく。

とはいえ、クワガタムシが死ぬにはまだ早い、はずなのだけれど。


石川 淳のいくつかを再読。相変わらず「八幡縁起」がおもしろい。お話そのものがちゃんと出来ているんだかいないんだかわかんないような中篇、粗筋をまとめるのも面倒臭い、何がどうおもしろいのか説明に窮するようなヤツ。まいるぜぃ。

その他、那珂太郎[ググる!]『時の庭』(小沢書店)などぼそぼそ。まだ少し読み残しがある。いろいろ興味深い話が出て来たのだけれど、「萩原朔太郎研究回顧」*1、朔太郎による誤字・誤記、旧来の刊本での誤植をめぐる話がとくに面白かった。

以下テケトーにメモ。

……どうにも校訂しかねる箇所も出てきました。たとえば、『靑猫』中の「片戀」に、「君よ なぜ早く籠をひらいて/鶏肉の 腸詰の 砂糖煮の 乾酪はむのご馳走をくれないのか」という行がありますが、ここの「乾酪はむ」が問題です。言うまでもなく「乾酪」はチイズであって「はむ」ではありません。この作品の草稿は残っておらず、初出誌「婦人公論」では総ルビが付されていて「はむ」というルビが作者自身によるのかどうかも確定できません。作者生前の刊行はすべて「乾酪はむ」のままであるにも拘らず、新潮社版全集では「はむ」というルビを生かし、漢字を改めて「燻肉はむ」としていますが、作者の意図がチイズでなかったと断定する根拠がない以上、これはいささか無謀と言うべきではないでしょうか。結局、ここは校訂を加えず原形のままにとどめました。

pp.90-1*2

みたいな話が続々登場する。朔太郎のような詩人だと、本人に由来するとしかいいようのない誤字脱字、語の勘違いなんて結構ありそうぢゃないですか。で、実際にそうだったというようなアレコレも登場することになる。それにしても多いなぁ、さすが朔太郎だぜぃってなもん。

けれど、どのような日本語ユーザだって日本語について完璧な知識を持ち完璧な用法でもって常日頃から日本語を用いることなんて出来ないに決っている。というか、日本語についての完璧な知識みたいなものが、そもそも存在するのかどうか。言葉においてラプラスの魔みたいな詩人さんその他は、思考実験中にだって存在出来ないよなぁ、というような、今さらのことを考えてみたりする。

ずいぶん以前、詩の解釈にだって文法を意識することが重要だという趣旨のエッセイを仕事で目にしたことがある*3。そこで事例として山村暮鳥「岬」が取り上げられていたんだけれど……

岬の光り
岬のしたにむらがる魚ら
岬にみち尽き
そら澄み
岬に立てる一本の指。

こいつの第一行目をどう解釈するか。端的にいえば「光り」は名詞なのか動詞なのか。エッセイの書き手さんは、茂吉かだれだったかの同時代や近い時代の用例にも触れたうえで、しかし最終的には「光り」と送り仮名が付されていることをもって、これを動詞だと断じていたのだ*4。ひょっとすると抜粋された部分以外にもっと精緻な議論があったのではないかとさえ思えて来るもの*5、ちゃんと後で調べとかなきゃな、と思いつつ当時は多忙に紛れてすっかり忘れていたのを、何十年か振り、たった今思い出したのだけれど\(^o^)/

仮に山村暮鳥研究ということであれば、同時代や文法以前に山村自身の「光り」の用例を見ておかなければならないだろうし、「岬は(が)光り」と書いた場合との違いだって考えてみなきゃおかしいんぢゃないか。もし「光り」を動詞として用いる傾向があった、もしくは動詞としてしか用いた例がないということであったとしても、一篇の詩の解釈としてそいつはどこまで押し通せるものなのか。そこいらへん、僕は疑問だと思うなぁ。


さらに……。

そんな中桐氏*6と議論を戦わしたことも屡〃ありました。たとえば『第一書房版萩原朔太郎詩集』『定本青猫』中の「まどろすの歌」の最終行。

さうして忘却の錨を解き記錄のだんだんと消えさる港を尋ねて行かう。

について、この「記錄」は「記憶」の誤植ではないか、というのが中桐氏の意見でした。彼は『定本青猫』収録の挿絵「海港之図」下の引用(本文通りではありませんが)では「記憶」であること、同時期の朔太郎の作品数篇に「記憶」の例はあるが、「記録」の用例は全く見られないこと、さらに「忘却」に対応する語は「記憶」記憶で、「だんだんと消えさる」というのは「記錄」より「記憶」にふさわしい形容であること、などを根拠に、かなり強く「記憶」と訂すことを主張しました。しかし私は以上の根拠を決定的なものと認めず、弱年期から読み馴れてきた「記錄」という形にも愛着もあり、かえって「忘却」「記憶」の平凡な対応をずらしたところがおもしろいとみて、訂すことに承服しませんでした。初出誌や『第一書房版萩原朔太郎詩集』で「記錄」とあるのが『定本青猫』では「」と誤植され、この語につき注意を喚起されたであろうにも拘らず、それ以後の『新潮文庫版萩原朔太郎集』『宿命』でも依然として「記錄」となっている以上、作者の真意が「記憶」の方だと断定するのに躊躇せざるを得なかったのです。

p.89、強調引用者*7

ここでの議論そのものには、ひょっとすると中桐雅夫のほうに分があるようにも感じるのだけれど、それでも全集の本文を決めるとなると那珂太郎の言い分も否定できないように思えて来る。が、そのへんはさて措き、ここで気になるのは、言葉の「正統」とされる用法とそこから外れる用法の隔たりのこと。朔太郎の作品は、大雑把にいってその直前期のものだといって構わないと思うのだけれど、学校の作文の追い出しを試みた後で書かれた詩となると、ここでは一見きわめて常識的な判断を下しているかに見える中桐の主張は、意味をなさなくなってしまうのかもしれない。ということは、思い切って云ってしまうと、そもそも原理的に……という話も出来てしまうんぢゃないか。


個人全集の話やら解釈の話やらその他あれこれやらを切り分けないまま大雑把な話しか出来ていないのだけれど、そろそろ例によって面倒臭くなってきたので、これはここでとりあえずオシマイ\(^o^)/


石川淳長篇小説選―石川淳コレクション (ちくま文庫)
石川 淳
筑摩書房
売り上げランキング: 1,049,888

「八幡縁起」はこれで。

そういえば、昔々の大昔、僕が予備校講師になるよりもちょいと以前、某予備校の校内模試で「紫苑物語」を本文出典とした変な出題がなされていたことがあったのだ。問題本文は、原則新字新仮名で書かれているが、原文は石川 淳なんだもん、当然のことながら全篇旧字旧仮名で書かれている。そいつを知らない出題者さんだったのかどうか、本文の間違い探し問題みたいなのが出ていて、一箇所だけ用いられている旧仮名遣いを答えさせるというヤツ。解説を読んでも、単純に表記についてのことしか書かれておらず、その「誤り」みたいなのが原作由来のものと読み手は受け止めるより他ないようなシロモノ。それ、出典として用いられてた当時の某文庫版の、旧字旧仮名を新仮名遣に改める折に仕出かしたヘマ*8だったのになぁ。答案の採点バイトをしながら、こんな問題作成具合で予備校講師が務まるのなら、僕がやってもバチは当たらないかもな、とうっかり思ってしまったことは内緒の話。

そんなこんなで、刊本の校訂みたいなのは、しっかりやっていただかないと、思わぬところで作家の名誉が傷つけられたりするわけで、呑気に「原理的に……」ってな話をしてしまうのも考えもんなのですね、少なくともこの世の水準では。


  • 注1 原文旧字。
  • 注2 原文旧字旧仮名。だって、まんま引き写すのって、現状のPCだと不精なアテクシには苦業以外の何物でもないってなもんですもん。うー。
  • 注3 要するに現代文の問題ですね、ハイ。
  • 注4 このへん、ひょっとするとピンと来ないヒトもいらっしゃるかも。たとえば、名詞としての「話」は送らないけれど、一方、動詞としてなら「話し」(ます)と送る、みたいなやつ。でも、この例からわかるヒトにはわかってもらえると思うのだけれど、この使い分けって、少なくとも日常的にはもんのすごく「誤用」例の多いものでもある。だから、同時代の用例はともかくとして、このルールだけで書き手が動詞を意図して書いたのだと断ずるのは、ずいぶん危うい判断ぢゃないかなぁ。
  • 注5 というわけで、書き手の名前は挙げない。
  • 注6引用者註:中桐雅夫。那珂太郎らとともに筑摩書房の補訂版『萩原朔太郎全集』の編集委員を務めた。先の引用も、ここもいずれも全集の校訂をめぐっての話。実はこちらの引用のほうがさっきのより前に出て来てるんだけれど。
  • 注7 原文旧字旧仮名。引用の煩を避けて新字新仮名に改めた。ただし、議論の性格上、朔太郎作品からの引用にかかわる部分は原文どおりとした。
  • 注8 今のは知らない。というか、今も出ているのかどうかも知らんなぁ\(^o^)/

最終更新日時 : 2016-04-26 13:42:19  

以前とは界隈の生き物の構成が結構変わったんぢゃないかと感じる。オオイヌノフグリもレンゲも当たり前に見かけていたはずのアレコレが消えている。モンシロチョウもずいぶん少なくなっているし、モンキチョウはまったく見かけなくなった。このへんは、キャベツ畑の消滅によるものかしら。上京以前、特別の関心を払って周囲を眺めていたとは到底云えないから、いたっていい加減な話なのだけれど。

で、これは何という花なのかしら。画像検索ではVinca minor はてなブックマーク - Vinca minor - Wikipedia, the free encyclopediaあたりが似ているようにも思えるのだけれど、日本語ではなんと呼ぶのか。ウィキp日本語版には項目がないみたいだ。《……native to central and southern Europe, from Portugal and France north to the Netherlands and the Baltic States, east to the Caucasus, and also southwestern Asia in Turkey.》という説明からすると、場所柄的に合わないしなぁ。

これも昔は見かけなかったような気がする。ただし、南野田界隈はあまり歩きまわったことがないから、これはかなり当てにならない話。こちらには《okano tigaya on Twitter: "@nean しばらく検索サイトをふらつきましたが、「ナヨクサフジ」というものでは?"》とのご教示を賜る。知らない名前、ググってみるととてもよく似ている。花期がズレているかもしれないが、今年は桜の開花だって全国的に早かったわけだし、たぶんこれで間違いない。機会があれば葉の様子とかもう少していねいに見ておくべし。


「いつぞや」というのは、これ はてなブックマーク - 別冊 日々の与太 » 本日の埋草/なんとなく、とりとめも泣くこう はてなブックマーク - 別冊 日々の与太 » ここのところのうだうだ/そういえばここ数年、20世紀も見かける折は少なくなったけれど、長十郎は完璧に見なくなったなぁ。なっちゃった件。それがさらにこうなったというわけだ。

当初「ガレージ」と知らされていたが計画変更というわけだろうか。熊本、エクアドルの様子を眺めれば、それもわからない話ではない。屋根なんぞをつけた日には南海トラフ巨大地震の折、倒壊していろいろ面倒を引き起こさないとも限らない。屋根も壁もない駐車場ならそういう心配もいらず、すっきりしてコストもかからない。屋根やらシャッターやらは震災後復興支援でも受けながらやればいいぢゃないか、みたいなところなのか。

いやいや、いずれにしても界隈で駐車場需要があるとは考えにくい。少なくとも界隈の家屋にはたいてい車庫なりそれに準ずるスペースが備わっている。結局税金対策か何かなんだろうといった凡庸なところに話は落ち着いちゃっているんだな。もとより屋根など設けるつもりはなかったんだろう。現実は相変わらずつまらない。って、別に屋根がつけばおもしろいってわけぢゃないですね\(^o^)/


それにしても21世紀になっても「4」や「9」は忌嫌われるナンバーなのですかね。いやはや。


立ち読み課題図書、その他

大停電の夜に (ワイドKC)
松苗 あけみ
講談社
売り上げランキング: 168,867

古書店で見つけてボソボソ。原作が別にある作品であるにもかかわらず、人間関係の組み立てやら何やら松苗あけみらしい仕上がり。あぁ、やっぱりそうなりましたかぁ、なりますわねぇ、というパタンの繰り返しなのだけれど、それが気持ちいい。ただ言葉の数が多くて五月蝿いのはちょっとアレかなぁ。そこいらへんは、原作付きだから仕方ないということかしら。


『吾輩は猫である』殺人事件 (河出文庫)
奥泉 光
河出書房新社
売り上げランキング: 27,238

「待望の」付き文庫化かな。


ねこはすごい (朝日新書)
山根明弘
朝日新聞出版 (2016-02-12)
売り上げランキング: 14,737

ブラックバイト――学生が危ない (岩波新書)
今野 晴貴
岩波書店
売り上げランキング: 2,473

僕のテリトリーからはハズレますけれど。


カラスの教科書 (講談社文庫)
松原 始
講談社 (2016-03-15)
売り上げランキング: 2,580

みんなカラスを嫌いすぎているんぢゃないかと思いますね。これ、単行本しか読んでいないのだけれど、たぶん文庫版だってちゃんとした中身に決っているので、みなさん、読むあるよろし。


バイエルの謎: 日本文化になった教則本 (新潮文庫)
安田 寛
新潮社 (2016-02-27)
売り上げランキング: 28,807

バイエルのだめだめ具合は日本に入って来てからのことらしい。それだけでも、へぇー!ってなもんですけれど、その他あれこれおもしろそう。これは買いですかね。



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