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最終更新日時 : 2016-09-06 01:52:24  

ねぇ。

全然くぐれないってわけでもないといえばないけれど。

どこをどう進めば神社にたどり着けるのかちゃんと表示しておかないと、ひょっとして廃神社なのかしらと思うヒトも出て来ちゃうんぢゃないかしら。陶荒田神社[ググる!]は、ちゃんと今もあるんだけれど。

暑い最中、こういう光景ばかりに出喰わし続けると、なんとなくJ・G・バラード的な終末感漂う別世界に迷い込んだような気がして来ないでもない。

斜めになっているところを見れば、やっぱり建付が悪いのだろうか。けれど、南京錠の鍵部分を通す穴の高さは現状でぴったりあっているようにも見える。とすると、このフックみたいなヤツが斜めになるようにデザインされたということなのだろうか。斜めにデザインすると何かいいことがあるのだろうか。人類の考えることは、毎度よくわからない。

最寄り駅すぐ脇。近くにポスターもあってやっぱり何かあるらしい。

何とか「まつり」の類のポスターは他にもいろいろあるのだけれど、道を歩いていてお囃子の類が聞こえてくることがない。砂町、亀戸、今時分ならその手のあれこれが聞こえてこないことがないくらいだったのが、懐かしい。

「すでに」というよりは、つねにすでに。

このあたり、維新のポスターがとにかく目立って、次いでこころ。松井某の顔ばかり見た後だと西村某の顔が好々爺に見えてホっとするくらいの差はあるかな。そのまた次が自民、公明。たまに共産、さらにまれに民進。社民は絶無なんぢゃないかな。全然支持者なんぞじゃないけれど*1、社民、しっかりせぇやぁという気になって来ないでもない。それにしても一体どういう土地柄なんだろう。やっぱりバラードの世界だってことなんだろうか。うーん。


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Kindle版。元本、アチラでは昨年ずいぶん話題になったらしい。


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ちょっと前のNHK教育「日曜美術館」で取り上げられていた写真家さんの。全然知らないヒトだったのだけれど、恐ろしく魅力的な作品ばかりで驚いたのだった。しっかし、写真集ってのは高いもんでございますねぇぃ、アイドルものとかを除くとぉ。うー。

cf. 平敷兼七[ググる!]


  • 注1というか、支持政党なんぞありゃしませんけれど。


最終更新日時 : 2016-08-02 10:01:44  

どこへ行っても、逃れ難く暑い。

でもって、「世界の気温:暑い年、危険水準…産業革命以来の非常事態に」(毎日新聞)hatebuっというわけで、たぶん、この暑さはご近所ばかりの話などではなくて、地球規模の気候変動さんとなにがしかのお付き合いのあるものなわけで、「どこへ行っても」は漠然と思い浮かべる日常的な移動の範囲を超えているような絶望的な「どこへ行っても」なのですね。いやはや。

国連環境計画(UNEP)『地球環境概況2000』[ググる!]の段階で、「90年代後半の大気中の二酸化炭素濃度は過去16万年間で最高。京都議定書の目標すら達成できそうになく、地球温暖化の防止はおそらく手遅れだ」(日本経済新聞、1999年9月9日)ってな話になっていたものを、実質的には放置同然にうっちゃらかって来たんだから、まぁ仕方ありませんね。


けれど、こういう折はどういうわけか読書なども捗るもので、要はテメエのオツムが暑さで回らず、他所様の脳みそを借りてオイルの一つも注してやりましょうかねというところ。どうせなら、わけのわからないヤツというわけで、現在は、

我が詩的自伝 素手で焔をつかみとれ! (講談社現代新書)
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などゆきつもどりつぼそぼそ。

たぶん、「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」(東京国立近代美術館)hatebuあたりを当て込んでのもの、とはいえ、吉増剛造が新書で、ということになれば、手を出さないわけにはいかない、いかないものの、しかしまぁ、やっぱり読んでも読んでも読んだ気がなかなかして来ない\(^o^)/。それでも、林浩平らによる聞き書きであるぶん、一般的なヒトによる整理が入っているわけで、詩人本人の散文よりは僕みたいな一般人の頭にもいくらかは入りやすい。入りやすいだけではなくて、読んでいておもしろいからたちが悪い。

しかしなぁ、吉増の詩の読者が吉増の人生を語る文章を読む意味って何なんだろう? 別にそれが大きな手がかりになって作品のドッカイが捗るというわけではないことは、読む前からはっきりしている。にもかかわらず、読んでおかなきゃな、という気分になるのも、我ながら謎だよな。

その他、石川淳[ググる!]絶筆未完作『蛇の歌』など。『狂風記』で終わりだったのかなぁというようなことを改めて感じたりして、うーん。


お若い方と話をしていて気になることはいくらもある。その一つがデモをめぐる話。まぁ五月蝿いといえば五月蝿いかもしれないし、迷惑だといえば迷惑なことだってあるかもしれない。でも、音量と持続時間において選挙運動期間中の街宣よりははるかにマシだし、迷惑についてだってお祭りやマラソンの折の交通規制、さらには新歓コンパシーズン週末夜の学生街なんぞと比べれば、屁みたいなものだ。屁のようなものだということは、漠然と思い込まれているよりもずっとカジュアルなものだということでもある。フォーマルな屁といったものもこの世には存在しているのかもしれないけれど、さしあたりそのような高尚な屁はどうでもよろしい。デモがカジュアルであるというそのへん、少なくとも自由主義圏であれば、日本のことはさておき、世界を眺めるかぎり動かない話だ。

というわけで(でもないけれど)、思いつき的に14日の晩あたりからはてブに、「demoに関するNeanのはてなブックマーク」hatebuを設けてみた。話題を見つけても、まだついついタグをつけるのを忘れたりするし、そもそも日頃の巡回範囲が狭いから、全然網羅的ではないいい加減なものだけれど、カジュアルなものだということを実感するには充分だろう。先進国途上国を問わず、何かに反対だからデモってばかりではなく、何かに賛成、何かを支持するってんで行われるデモ、何かを考えてくれってなデモもあって、そのへんのヴァリエーションはなかなか。このへんだけをとってみても、日本はデモに関するかぎり、はっきりと後進国に属するといわなければならないとわかっちゃう。

ただし、上の「デモ」の範囲は少し広めにとってある。デモ(に対する警備)の準備やらデモからいささかはみ出して暴動一歩前みたいなのやらまであるから、リンク先を見ていささか違和感を覚えるところもあるかもしれない。そこいらへんは鷹揚に構えて御覧いただけると幸甚。


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ご注文あり。毎度、ありがとうございまぁす。それにしても、ひさしくかき氷、喰ってないなぁ。


理不尽な進化: 遺伝子と運のあいだ
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ご注文あり。毎度、ありがとうございまぁす。なんとなく「理不尽な」という云い方が気になるところだけれど、読まずに云うのはアレか。


大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争 (幻冬舎新書)
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海外報道なんぞをほんの少しばかりかじっていると、そろそろこのあたりは気にしていないとダメなんだなという気分になる。


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LOOP POOLの新譜。かなり気持ちヨサゲ。


遠読――〈世界文学システム〉への挑戦
フランコ・モレッティ
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円城塔がどこだかの書評でエラく褒めていた。


ボンビーなアタクシには目の毒ですね…(;´Д`)ウウッ…




最終更新日時 : 2016-06-14 10:12:16  

夏至ももう間もなく。

とはいえ、クワガタムシが死ぬにはまだ早い、はずなのだけれど。


石川 淳のいくつかを再読。相変わらず「八幡縁起」がおもしろい。お話そのものがちゃんと出来ているんだかいないんだかわかんないような中篇、粗筋をまとめるのも面倒臭い、何がどうおもしろいのか説明に窮するようなヤツ。まいるぜぃ。

その他、那珂太郎[ググる!]『時の庭』(小沢書店)などぼそぼそ。まだ少し読み残しがある。いろいろ興味深い話が出て来たのだけれど、「萩原朔太郎研究回顧」*1、朔太郎による誤字・誤記、旧来の刊本での誤植をめぐる話がとくに面白かった。

以下テケトーにメモ。

……どうにも校訂しかねる箇所も出てきました。たとえば、『靑猫』中の「片戀」に、「君よ なぜ早く籠をひらいて/鶏肉の 腸詰の 砂糖煮の 乾酪はむのご馳走をくれないのか」という行がありますが、ここの「乾酪はむ」が問題です。言うまでもなく「乾酪」はチイズであって「はむ」ではありません。この作品の草稿は残っておらず、初出誌「婦人公論」では総ルビが付されていて「はむ」というルビが作者自身によるのかどうかも確定できません。作者生前の刊行はすべて「乾酪はむ」のままであるにも拘らず、新潮社版全集では「はむ」というルビを生かし、漢字を改めて「燻肉はむ」としていますが、作者の意図がチイズでなかったと断定する根拠がない以上、これはいささか無謀と言うべきではないでしょうか。結局、ここは校訂を加えず原形のままにとどめました。

pp.90-1*2

みたいな話が続々登場する。朔太郎のような詩人だと、本人に由来するとしかいいようのない誤字脱字、語の勘違いなんて結構ありそうぢゃないですか。で、実際にそうだったというようなアレコレも登場することになる。それにしても多いなぁ、さすが朔太郎だぜぃってなもん。

けれど、どのような日本語ユーザだって日本語について完璧な知識を持ち完璧な用法でもって常日頃から日本語を用いることなんて出来ないに決っている。というか、日本語についての完璧な知識みたいなものが、そもそも存在するのかどうか。言葉においてラプラスの魔みたいな詩人さんその他は、思考実験中にだって存在出来ないよなぁ、というような、今さらのことを考えてみたりする。

ずいぶん以前、詩の解釈にだって文法を意識することが重要だという趣旨のエッセイを仕事で目にしたことがある*3。そこで事例として山村暮鳥「岬」が取り上げられていたんだけれど……

岬の光り
岬のしたにむらがる魚ら
岬にみち尽き
そら澄み
岬に立てる一本の指。

こいつの第一行目をどう解釈するか。端的にいえば「光り」は名詞なのか動詞なのか。エッセイの書き手さんは、茂吉かだれだったかの同時代や近い時代の用例にも触れたうえで、しかし最終的には「光り」と送り仮名が付されていることをもって、これを動詞だと断じていたのだ*4。ひょっとすると抜粋された部分以外にもっと精緻な議論があったのではないかとさえ思えて来るもの*5、ちゃんと後で調べとかなきゃな、と思いつつ当時は多忙に紛れてすっかり忘れていたのを、何十年か振り、たった今思い出したのだけれど\(^o^)/

仮に山村暮鳥研究ということであれば、同時代や文法以前に山村自身の「光り」の用例を見ておかなければならないだろうし、「岬は(が)光り」と書いた場合との違いだって考えてみなきゃおかしいんぢゃないか。もし「光り」を動詞として用いる傾向があった、もしくは動詞としてしか用いた例がないということであったとしても、一篇の詩の解釈としてそいつはどこまで押し通せるものなのか。そこいらへん、僕は疑問だと思うなぁ。


さらに……。

そんな中桐氏*6と議論を戦わしたことも屡〃ありました。たとえば『第一書房版萩原朔太郎詩集』『定本青猫』中の「まどろすの歌」の最終行。

さうして忘却の錨を解き記錄のだんだんと消えさる港を尋ねて行かう。

について、この「記錄」は「記憶」の誤植ではないか、というのが中桐氏の意見でした。彼は『定本青猫』収録の挿絵「海港之図」下の引用(本文通りではありませんが)では「記憶」であること、同時期の朔太郎の作品数篇に「記憶」の例はあるが、「記録」の用例は全く見られないこと、さらに「忘却」に対応する語は「記憶」記憶で、「だんだんと消えさる」というのは「記錄」より「記憶」にふさわしい形容であること、などを根拠に、かなり強く「記憶」と訂すことを主張しました。しかし私は以上の根拠を決定的なものと認めず、弱年期から読み馴れてきた「記錄」という形にも愛着もあり、かえって「忘却」「記憶」の平凡な対応をずらしたところがおもしろいとみて、訂すことに承服しませんでした。初出誌や『第一書房版萩原朔太郎詩集』で「記錄」とあるのが『定本青猫』では「」と誤植され、この語につき注意を喚起されたであろうにも拘らず、それ以後の『新潮文庫版萩原朔太郎集』『宿命』でも依然として「記錄」となっている以上、作者の真意が「記憶」の方だと断定するのに躊躇せざるを得なかったのです。

p.89、強調引用者*7

ここでの議論そのものには、ひょっとすると中桐雅夫のほうに分があるようにも感じるのだけれど、それでも全集の本文を決めるとなると那珂太郎の言い分も否定できないように思えて来る。が、そのへんはさて措き、ここで気になるのは、言葉の「正統」とされる用法とそこから外れる用法の隔たりのこと。朔太郎の作品は、大雑把にいってその直前期のものだといって構わないと思うのだけれど、学校の作文の追い出しを試みた後で書かれた詩となると、ここでは一見きわめて常識的な判断を下しているかに見える中桐の主張は、意味をなさなくなってしまうのかもしれない。ということは、思い切って云ってしまうと、そもそも原理的に……という話も出来てしまうんぢゃないか。


個人全集の話やら解釈の話やらその他あれこれやらを切り分けないまま大雑把な話しか出来ていないのだけれど、そろそろ例によって面倒臭くなってきたので、これはここでとりあえずオシマイ\(^o^)/


石川淳長篇小説選―石川淳コレクション (ちくま文庫)
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「八幡縁起」はこれで。

そういえば、昔々の大昔、僕が予備校講師になるよりもちょいと以前、某予備校の校内模試で「紫苑物語」を本文出典とした変な出題がなされていたことがあったのだ。問題本文は、原則新字新仮名で書かれているが、原文は石川 淳なんだもん、当然のことながら全篇旧字旧仮名で書かれている。そいつを知らない出題者さんだったのかどうか、本文の間違い探し問題みたいなのが出ていて、一箇所だけ用いられている旧仮名遣いを答えさせるというヤツ。解説を読んでも、単純に表記についてのことしか書かれておらず、その「誤り」みたいなのが原作由来のものと読み手は受け止めるより他ないようなシロモノ。それ、出典として用いられてた当時の某文庫版の、旧字旧仮名を新仮名遣に改める折に仕出かしたヘマ*8だったのになぁ。答案の採点バイトをしながら、こんな問題作成具合で予備校講師が務まるのなら、僕がやってもバチは当たらないかもな、とうっかり思ってしまったことは内緒の話。

そんなこんなで、刊本の校訂みたいなのは、しっかりやっていただかないと、思わぬところで作家の名誉が傷つけられたりするわけで、呑気に「原理的に……」ってな話をしてしまうのも考えもんなのですね、少なくともこの世の水準では。


  • 注1 原文旧字。
  • 注2 原文旧字旧仮名。だって、まんま引き写すのって、現状のPCだと不精なアテクシには苦業以外の何物でもないってなもんですもん。うー。
  • 注3 要するに現代文の問題ですね、ハイ。
  • 注4 このへん、ひょっとするとピンと来ないヒトもいらっしゃるかも。たとえば、名詞としての「話」は送らないけれど、一方、動詞としてなら「話し」(ます)と送る、みたいなやつ。でも、この例からわかるヒトにはわかってもらえると思うのだけれど、この使い分けって、少なくとも日常的にはもんのすごく「誤用」例の多いものでもある。だから、同時代の用例はともかくとして、このルールだけで書き手が動詞を意図して書いたのだと断ずるのは、ずいぶん危うい判断ぢゃないかなぁ。
  • 注5 というわけで、書き手の名前は挙げない。
  • 注6引用者註:中桐雅夫。那珂太郎らとともに筑摩書房の補訂版『萩原朔太郎全集』の編集委員を務めた。先の引用も、ここもいずれも全集の校訂をめぐっての話。実はこちらの引用のほうがさっきのより前に出て来てるんだけれど。
  • 注7 原文旧字旧仮名。引用の煩を避けて新字新仮名に改めた。ただし、議論の性格上、朔太郎作品からの引用にかかわる部分は原文どおりとした。
  • 注8 今のは知らない。というか、今も出ているのかどうかも知らんなぁ\(^o^)/

最終更新日時 : 2016-04-26 13:42:19  

以前とは界隈の生き物の構成が結構変わったんぢゃないかと感じる。オオイヌノフグリもレンゲも当たり前に見かけていたはずのアレコレが消えている。モンシロチョウもずいぶん少なくなっているし、モンキチョウはまったく見かけなくなった。このへんは、キャベツ畑の消滅によるものかしら。上京以前、特別の関心を払って周囲を眺めていたとは到底云えないから、いたっていい加減な話なのだけれど。

で、これは何という花なのかしら。画像検索ではVinca minor はてなブックマーク - Vinca minor - Wikipedia, the free encyclopediaあたりが似ているようにも思えるのだけれど、日本語ではなんと呼ぶのか。ウィキp日本語版には項目がないみたいだ。《……native to central and southern Europe, from Portugal and France north to the Netherlands and the Baltic States, east to the Caucasus, and also southwestern Asia in Turkey.》という説明からすると、場所柄的に合わないしなぁ。

これも昔は見かけなかったような気がする。ただし、南野田界隈はあまり歩きまわったことがないから、これはかなり当てにならない話。こちらには《okano tigaya on Twitter: "@nean しばらく検索サイトをふらつきましたが、「ナヨクサフジ」というものでは?"》とのご教示を賜る。知らない名前、ググってみるととてもよく似ている。花期がズレているかもしれないが、今年は桜の開花だって全国的に早かったわけだし、たぶんこれで間違いない。機会があれば葉の様子とかもう少していねいに見ておくべし。


「いつぞや」というのは、これ はてなブックマーク - 別冊 日々の与太 » 本日の埋草/なんとなく、とりとめも泣くこう はてなブックマーク - 別冊 日々の与太 » ここのところのうだうだ/そういえばここ数年、20世紀も見かける折は少なくなったけれど、長十郎は完璧に見なくなったなぁ。なっちゃった件。それがさらにこうなったというわけだ。

当初「ガレージ」と知らされていたが計画変更というわけだろうか。熊本、エクアドルの様子を眺めれば、それもわからない話ではない。屋根なんぞをつけた日には南海トラフ巨大地震の折、倒壊していろいろ面倒を引き起こさないとも限らない。屋根も壁もない駐車場ならそういう心配もいらず、すっきりしてコストもかからない。屋根やらシャッターやらは震災後復興支援でも受けながらやればいいぢゃないか、みたいなところなのか。

いやいや、いずれにしても界隈で駐車場需要があるとは考えにくい。少なくとも界隈の家屋にはたいてい車庫なりそれに準ずるスペースが備わっている。結局税金対策か何かなんだろうといった凡庸なところに話は落ち着いちゃっているんだな。もとより屋根など設けるつもりはなかったんだろう。現実は相変わらずつまらない。って、別に屋根がつけばおもしろいってわけぢゃないですね\(^o^)/


それにしても21世紀になっても「4」や「9」は忌嫌われるナンバーなのですかね。いやはや。


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大停電の夜に (ワイドKC)
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古書店で見つけてボソボソ。原作が別にある作品であるにもかかわらず、人間関係の組み立てやら何やら松苗あけみらしい仕上がり。あぁ、やっぱりそうなりましたかぁ、なりますわねぇ、というパタンの繰り返しなのだけれど、それが気持ちいい。ただ言葉の数が多くて五月蝿いのはちょっとアレかなぁ。そこいらへんは、原作付きだから仕方ないということかしら。


『吾輩は猫である』殺人事件 (河出文庫)
奥泉 光
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売り上げランキング: 27,238

「待望の」付き文庫化かな。


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ブラックバイト――学生が危ない (岩波新書)
今野 晴貴
岩波書店
売り上げランキング: 2,473

僕のテリトリーからはハズレますけれど。


カラスの教科書 (講談社文庫)
松原 始
講談社 (2016-03-15)
売り上げランキング: 2,580

みんなカラスを嫌いすぎているんぢゃないかと思いますね。これ、単行本しか読んでいないのだけれど、たぶん文庫版だってちゃんとした中身に決っているので、みなさん、読むあるよろし。


バイエルの謎: 日本文化になった教則本 (新潮文庫)
安田 寛
新潮社 (2016-02-27)
売り上げランキング: 28,807

バイエルのだめだめ具合は日本に入って来てからのことらしい。それだけでも、へぇー!ってなもんですけれど、その他あれこれおもしろそう。これは買いですかね。



最終更新日時 : 2016-03-25 10:15:17  

少し前まで解体中だったご近所 はてなブックマーク - 別冊 日々の与太 » 本日の埋草/なんとなく、とりとめも泣く、すっかり更地になってしまった。

界隈ではずいぶん少なくなってしまった子どもたちが時折遊んでいたりする。70年代あたりまでなら、ひょっとすると界隈の雀の数より多かったかもしれない子どもたちが、今では鴉の数といい勝負ぢゃないか*1

土地の表面には、ガラスの破片が残っていたりして危なっかしい。一応、気をつけろよ、と声はかけてみるのだけれど、後々、声かけ事案扱いになったりするんだろうか。面倒臭いなぁ。うーん。おまけに、声をかけて云うことをホイホイ聴く子どもなんて、そうそういやしないのは、今も昔も変わりないしぃ。いやはや、やれやれ。

これはまた別口のアパート解体 はてなブックマーク - 別冊 日々の与太 » 本日の埋草/途絶後の更地前。所謂「文化住宅」の類が建てられることになったのかな。路面には複数細々とこういう記号が描かれている。

最寄り駅近くのマンション前。

開花したとたんの花冷えのおかげさま、今年の桜の開花は長く続くことになるのかな。


それにしても、このあたりのここ30年の激変ぶりと来たら。

30年前の界隈の様子は割とくっきりと思い浮かべられる。ただし、そのイメージがうまく現在と重なり合わない。まるで地殻変動でもあったかのように思えて来る。もちろん、そいつはこちとらの記憶の不具合によっているおトンチキであることは間違いないのだけれど。

そういう爺ぃにとっては、この桜、アレだな、「俄然として~湧出」ってヤツですね、ほとんど戎島みたいなもんか(違。


その他、季節労働的原稿仕事などボソボソ。相変わらず締め切りが守れん。いかんいかん、衣冠束帯維管束、誠に遺憾に存じますですm(_ _)m


ヘルタースケルター (Feelコミックス)
岡崎 京子
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売り上げランキング: 11,820

ちょーひさしぶりに再読。21世紀入ってからの刊行ではあるけれど、悪い意味ではなく、これは20世紀のマンガだな、と何となく感じる。描かれている社会風俗がそうだということではない。そういうものはこれからだって似たようなものが反復しながら登場してくるだろうし、そんな具合だから映画だって撮られたのだろう。ぢゃぁ何が20世紀的かというあたりは面倒臭いので、これを省く。各自自分で読んで考えるべし。

そういう性格からして、未だ描かれることのない続編は、作者のフィジカルな事情の如何を問わず描かれ得ないものなのかもしれない。あるいは描かれ得たとしても、続編だとはほとんど感じられないような作品になるんだろう。そういうの、読める機会はやって来るのかしら。読んでみたいなぁ、と思うぶん、描き手のその後、久しくいい知らせの絶えていることに胸が痛む。

そんなこんなで、Kindle版もあるけれど、これは紙の本で読まれるべきですね。


  • 注1 東京と比べると界隈の鴉の数はグッと少ない。雀も以前と比べるとずいぶん減ったような気がする。数えたことがあるわけぢゃないけれど。

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