«Prev || 1 | 2 | 3 |...| 136 | 137 | 138 || Next»
最終更新日時 : 2015-08-04 20:08:00  
自己プレゼンの文章術 (ちくま新書)
森村 稔
筑摩書房
売り上げランキング: 327,572

Kindle版もある。


『自己プレゼンの文章術』の美質は、プライオリティをはっきりさせた構成にある。

学生が就職活動に際して要求される自己表現文を主として話題としているから、文章一般、自己表現一般を扱うものではない。でも、ここで語られるあれこれは当然他の文章や自己表現においても基本的には変わりなく要求されるものだ。就活目的以外でも読まれるべき文章術になっているといっていいだろう。

本書のもくじをリストに書き改めて提示してみると

  1. そこに読み手がいる
    • 自己表現文を書くということ
    • 目的のある実用文
    • だれがどう読むか
  2. 内容が決め手になる
    • 自己を主題化する
    • 事実と体験にものを言わせる
    • 一つだけを深く
    • 分割・具象化せよ
    • 無類を目指す
  3. 書き方が問題になる
    • 主題を立てる
    • 書き出しが大事
    • 冒頭に重点を置く
    • ムダを省く
    • 短文で強く明確に
    • 誤解を招く書き方
  4. 事前に打つ手がある
    • 体験のエキス化
    • ポジティブな思考と表現
    • 一冊の本から
    • 論文も自己表現

という具合になる。このもくじの順序は、そのまま書くにあたって考えるべきプライオリティの端的な表現に他ならない。

読み手を意識するところから、内容は決まってくる。自己表現といってもプレゼンテーションとして求められる文章には、文学モドキの表現はいらない。内容を的確に伝えるための書き方こそが求められる。内容にアピール力を持たせようとすれば、普段からあれこれやって置くべきことがある。そういう粗筋のすっと見える構成であることが、もくじから見てとれるのである。これは本書が信頼できる書き手によって考え抜かれた構成を持つことを端的に示すものでもあろう。

独習者にとって、学習手順、学ぶべき事柄のプライオリティが明確に示されることがきわめて重要であることはいうまでもない。にもかかわらず、この点を充分に意識して構成された文章術、文章読本はさほど多くはない。ことに最近の新書の文章術本ではほとんど顧慮されていないといっていいほどである。気の利いたコツが書かれていないわけではないにせよ、学習効果より話のおもしろさに重点をおいているのではないかと思えるものも多い。興味を持続して読めることも学習内容を心にとどめやすくなるという点で有益ではあろう。しかし、思いつきの導くまま、いきあたりばったりの「構成」では、学習効果はさほどあがらない。結局話のおもしろさで売り上げを伸ばそうという魂胆ばかりが見え透くことになる。そうした売れ行き至上主義みたいな文章術状況の中では、読者の学習のあり方を考えた本書は貴重である。

文学モドキの随筆でもなく、論文・報告書のような硬い実用文でもない、就活における自己表現という微妙な素材を扱っている点でも、もちろん本書は貴重な一冊といえるだろう。就活中の学生さんにかぎらず、自己アピールが求められる、たとえば推薦入試における小論文の多少柔らかいタイプの出題や、自己推薦文においても参考にすべき内容に富む。それらの指導に当たられる高校の先生方にもお薦めできる文章術である。




最終更新日時 : 2016-11-26 12:48:19  

しかじかの事柄について考えるとき、どうしても僕たちは善し悪しを決めるのに性急になってしまう。そのために、考えるべきポイントを捉え損なうことって多いんじゃないだろうか。考えるべき主題を少し分析的に見直すだけでも、ちょっと違った視野が開けるものだ。主題の分析を通して考える簡単な事例をあげてみよう。以下は、大学入試の小論文問題から。比較的やさしいものだと思うんだけれど、どうだろう?

次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。


ある町の裏に、奥深い森がある。その森には、数多くの動物や鳥が棲んでおり、大きな川も流れている。ところがこの町は、例年夏になると水不足に悩まされる。また、町には大きな産業がなく、この森を利用して生計をたてないとやってゆけないような状況に追いこまれている。

そのときに、ある開発計画がもちあがる。森のなかを流れる川にダムをつくって、町の水不足を解消しようというのだ。もちろん、森の一部はダムの底に沈んでしまうが、でも町の人びとの生活にはかえられない。同時に、森の木々を計画的に伐採し、木材として売って産業にする。もちろん、切ったあとには植林をして、森林資源を絶やさないようにする。さらに、森のなかに遊歩道やロープウェイをつくって、気楽にピクニックできるようにする。町に人びとの憩いの場として利用できるし、都会からの観光客をよぶこともできるかもしれない。こうやって、森を人工的にうまく管理してゆけば、それは自然保護とも両立するはずだ。

(出典:講座 人間と環境12『環境の豊かさを求めて 第1章 自然を保護することと人間を保護すること』森岡正博[ググる!] 昭和堂 1999年)

町民の意見は以下に示すように開発賛成と反対に分かれました。

開発賛成: 自然保護とは、そこに生きる人間が自然をかしこく利用していけるように、自然を管理することだ。木を切りすぎて災害がおこらないような対策と資源管理ができれば、問題はない。飲み水の供給と観光収入で、住民の生活の質も向上するのだからけっこうな話だ。よそから来る人にも自然とふれあう機会ができるし、これこそ自然保護、自然との共生ではないか。

開発反対: ダムができれば森全体の生態系は破壊されてしまう。植林したとしても、もとの自然林がもっていた豊かな生態系を取り戻すことはできない。遊歩道などの施設をつくることも、破壊にはかわりはない。人間が自分たちの利益のためだけに自然をつくりかえることは、あってはならないことだ。施設から眺める自然も、人によって破壊された自然の残骸でしかない。それを自然との共生というのは、勘違いもはなはだしい。

問い あなたはこの開発計画に対してどのように考えますか? 「自然との共生」とはどういうことかを中心に、600字以上800字以内で意見を述べなさい。

この問題を解いてもらったときに気になったのは、開発賛成派と開発反対派に答案がきれいに二分されてしまったこと。別に賛成派の意見じゃ困るとか反対派が気に喰わねぇとかいったことでも、中途半端などっちつかずが僕の好みにぴったりだからみたいなことでもなくて、なんか構想を練る段階で2パタンしか答えようがないみたいな思い込みがあるんじゃないかなぁと感じられたのが気になったのだ。

資料を読む場合、要約的な理解が大切だってことは動かない。でも、それだけで読みが完璧になるわけではない。とくに論考の主題(ここでは資料中の開発計画)がどのようなものかはていねいに分析し検討する必要がある。そういう作業なしに、いきなり反対だの賛成だのを決めちゃうのは考察を粗雑にする原因になる。

たとえば、この開発計画は以下のように複数のステップにわけて捉えられるだろう。

  1. 水不足を解消するためのダム建設
  2. 収入を確保するための森林伐採
  3. さらなる収入確保のための観光開発

の3つのステップだ。賛成/反対を考えるにしたって、3つのステップそれぞれに対しての賛成/反対が考えられるわけだ。だから答案は「賛成/反対」を複数組み合わせてできあがっていてもいいはずなのだ。にもかかわらず、誰も彼もが、3つまとめて計画全体の賛成/反対しか書けなかったということは、この3つのステップに分けて考えることができなかったんじゃないか、ってふうにみえたわけ。


仮に「自然との共生」を非常に素朴に「人と他の生き物たちが同じ場所で共に生活すること」とでも定義してみると……

ダムができ森林が伐採されれば、全滅ってことはないにしても、棲みかを失う生き物たちも出てくる。でも、水や収入なしには人間は生活できない。

しかるに「自然との共生」の定義を「共に生活すること」とするなら、1.および、2.は人間が生きるのに不可欠であるゆえ、共生にもまた不可欠であると見ることができる。3.の段階に関しては、人間の一通りの生活に必要な以上の自然破壊が行われ、生き物たちの棲みかが2.までの段階以上に損ねられる可能性が高い。もちろん、2.によって確保される収入がどの程度のものになるのか不確定だ。でも、一気に3.の段階まで計画に組み込んでしまうのは、生活の確保以上に人間の勝手な欲望の貪りを認めることになりかねない。つまり「共生」のバランスを欠く可能性が高い。

ならば、「自然との共生」を中心にして考えるなら、この計画は、2.までの段階はとりあえず認められるけれど、3.の段階は、2.まで計画を行ってしばらく様子を見た上で再検討するのが妥当なんじゃないか。そんな立場が考えられるかもしれない。

で、そんなふうに捉えてみると、「自然との共生」を中心にして論じながら、問題で取り上げられている賛成派にも反対派にも批判を加えられるんじゃないかな?

別にそう考えなければならないというわけではないけれど、開発計画全体に賛成/反対していた答案には、資料の読みが粗雑にすぎると感じられることが多かった。漠然と良い/悪い、yes/noを考えるのではなくて、まず考察対象を少し分析的に捉え直してみよう。面倒かもしれないけれど、ちょっと他と違ったアイディアが見えてくる可能性が出てくるはず。


でも、さらに考えてみると、本当のところ、たったこれだけの資料では、賛成/反対を決めるのはもちろん、計画への評価を考えるのには不足なんじゃないのか、ってのも気になるんだけど……。ま、そこまで突っ込むのは止しとくね。

とにかく、考察の対象を分析的に捉え直して考えることは大切なのだというところ、よく頭においておきたい。

ライト、ついてますか―問題発見の人間学
ドナルド・C・ゴース G.M.ワインバーグ
共立出版
売り上げランキング: 49,501

問題解決のために本当に考えなければならないのは何なのかを考える方法についての本。

訳文は工夫がある割に読みづらいところもままあるのだけれど、そういうところはちょっとペンディングして読み進めるとたいがいちゃんとわかるようになっている。大学入試小論文ではあんまり利用されない本ではあるけれど、それでも過去、弘前大学などで課題文として使用されたことがある。




  

"How To Give A Good Compliment"(Life Coaches)で、どういうお世辞が効果的かを扱っている。ここで語られていることは、独りお世辞のHow toというばかりでなく、人と人との日常的なコミュニケーションのあり方を考えさせるものになっているといっていいんじゃないだろうか。「お世辞」といってしまうと、何やら相手に取り入る姑息な工夫と考えてしまいがちだけれど、日常的なコミュニケーションを円滑にするための、ちょっと楽しい工夫だと考えることだってできるはずだ。

以下、簡単にポイントのみ超抄訳にて内容を紹介してみよう。

  1. Make your compliment specific./お世辞は具体的に

    「今日のあなた、イカすわよ」よりも「そのネックレス、今日のあなたにばっちり似合ってるわね」のほうが効果的。

  2. Back up your compliment./お世辞にも根拠を

    「今日のあなたにとてもよく似合うわ」より「そのネックレス、今日のあなたにとてもよく似合うわ。だってほら、あなたの目の色にぴったりじゃない」のほうがただのお世辞より強く訴えかける。

  3. Ask a question with your compliment./質問も加えてみる

    お世辞を使ってコミュニケーションを取り始めたいなら、「そのネックレス、今日のあなたにとてもよく似合ってるわよ。だってほら、あなたの目の色にぴったりじゃない。いったいどこで手に入れたの?」。

考えてみれば、日常的な言葉の遣取りだって、具体的で根拠があってお互いのいっそうの言葉の遣取りにつながるにこしたことはないはずだ。

そういうことを考えた言葉の遣取りの工夫は、もうおベンチャラの類というよりも、お互いに過ごすひと時をより快適にするための心遣いと考えるべきなんだろう。気軽な頭の体操としてだって、そう悪いものではないはずだ。

たとえば3番めの質問も加えてみるというとき、より充実した言葉の遣取りを考えるなら、yes/noクエスチョンにならない質問になるようにするといったこともつけ加えられるだろう。yes/no、はい/いいえで答えられる質問では、話が先に続かなくなってしまうものだ。

そんな日常の言葉の遣取りの工夫の叩き台として、この3つのコツは頭にとどめておきたい。




最終更新日時 : 2015-06-13 17:59:35  

アイディアがまとまりそうでまとまらないとき、あるいは習慣的にアイディアやアイディアの素を蓄積しておきたいとき、「ノンストップライティング」、「フリーライティング」を試みてみるといい。最初はちょっととっつきにくいかもしれないが、慣れるとなかなか便利なやり方だとわかるだろう。そのへん簡単に紹介してみたい。

書くべきアイディアがぼんやりと形をなしているようないないようなって感じのとき、おおよそ二つの対処が考えられる。

  1. とりあえず放置しておく
  2. 頭に浮かぶあれこれを書き出してしまう

最初のやり方を実践している人は多い。時間があるときは、そういうやり方が有効だってこと多いもんね。楽だし(^_^;。でも二つ目のほうはどうだろう?

時間があれば放置しておいて、頭の中でアイディアが熟成してくれるのを待てばいい。でも時間がないときだってある。そういうとき試みてみたいのが、5〜10分程度のノンストップライティング*1。ノンストップライティングとは、半ばは自動筆記みたいなものだ。定めた時間の間、考え込まずに頭の中にアイディアを言葉にしてしまう。あやふやな単語のことや構文の乱れはとりあえず気にしない。書き間違えても消さずに続ける。とにかく筆を止めないことが大切*2

慣れないうちは、断片的な単語や語句しか書き出せないかもしれないけれど、とりあえずはそれでもいい。でも少しずつ文の形を成すように心がける。

時間が尽きたら作業はいったん中断して、書いたものを読み直す。できれば声に出して読んだほうがいい。頭の中にたまっていたうだうだしたアイディアの原材料みたいなものを、視覚と聴覚を通して対象化し直してみるわけだ。まずそういう意味で試みる価値がある。

もう一つ大事なのは、「書けない、書けない」とうだうだしている人って、たいがい最初から完璧な文章を仕上げねばならぬ、と何だか悲壮な覚悟(^_^;を決めていたりする。そういう凝り固まった頭をいったんリラックスさせて気軽に臨むというのも行き詰まり打破には大切なことなのだ。書き終えたものにあれこれ手直しを加えると、それなりのドラフト(下書き)みたいなものができあがることだってある。

こういうやり方は、アイディアにはっきりとした形を与えるときだけでなく、アイディアを生み出すためにも有効。一人でブレインストーミングに挑戦しているようなものかもしれない。あるいは積極的にアイディアのレパートリーを増やしておきたいという場合なんかだと、定期的に、たとえば週2、3回くらい、なにくれとなく試みてみるといい。


参考図書

Writing Without Teachers
Writing Without Teachers
posted with amazlet at 15.06.13
Peter Elbow
Oxford University Press, U.S.A.
売り上げランキング: 108,934

残念ながら翻訳は出ていない模様。

カスタマーレビューではえらい低い評価がついているけれど*3、書き慣れない人には短い文章レベルでも役立つこと、多いっすよぉ。ちなみに英米加のアマゾンでは絶賛がほとんど。

大雑把な感想だけれど、通常の文章術指南書は構造化プログラミングのトップダウンと段階詳述化をもって善しとするのに対して、本書は Lispでのプログラミングのように文章を書くプロセスのボトムアップなところに目を向けているという印象を持つ。


よりよく知りたい人に


  • 注1 フリーライティングとここではほぼ同義で使っている。高校の「表現」では「ノンストップライティング」が用いられることが多い(ただし、実践的に教えられているケースは、きわめて付きでレアみたい)。それに何となく「フリーライティング」だと「フリーライディング」を想起しちゃうもんなぁ。ノンストップライティングもフリーライティングも実質同じようなもん。
  • 注2 これは僕の個人的な経験則にすぎないけれど、この作業はコンピュータよりも肉筆で臨んだほうが効率がいいみたい。もちろん、ひょっとするとこれは、僕が肉筆のほうにはるかに慣れているからかもしれない。キーボードに向かって書くなんて、大学出てワープロをいじり始めるまでなかったことだから。ただ、今や文章量はもうワープロやコンピュータで書いたもののほうが多くなっている。それでもノンストップライティングを試みるときは、やっぱり肉筆のほうがしっくりくる。肉筆で書くなんて滅多ないぜという人も、無理に、とはいわないけれど一度(というのは言葉の調子でホントのところ三度くらい)は試してみてもいいんじゃないかな。
  • 注3 その後、好意的な評価のレヴューもついた。

«Prev || 1 | 2 | 3 |...| 136 | 137 | 138 || Next»

最近の記事


コメント


カテゴリー一覧
すべて
borujiaya
お知らせ
ことばをめぐるよしなしごと
ごあいさつ
すべてが「その他」であるような宇宙
ぼんやりと
やっぱり猫が好き
アートとかデザインとかそのへん
カルチャーっぽいもの
コミュニケーション
メイル
備忘録
僕自身のためのコンピューティング
入試小論文
単なる思いつきで深い考えはございません
堺散歩
小津安二郎
折々のリンク
散歩
文章讀本
日々のうだうだ
日々の与太
日々の埋草
映画
書く
総合
考える
自作自演
自然科学・科学技術とその界隈
訃報
読む
読書・本屋さん
象牙の門、角の門
音楽とか


検索
リンク
極私的脳戸栞
twitter


searched phrase

 ranking

 recent


Powered by Nucleus CMS

カウンタ
2952994 (7D:19224 Y:3534 T:2160) [Mode]
 
別冊 日々の与太