«Prev || 1 | 2 | 3 |...| 137 | 138 | 139 |...| 153 | 154 | 155 || Next»
最終更新日時 : 2016-06-03 00:31:02  

llist25の YouTubeチャンネル はてなブックマーク - list25 - YouTubeから。その順位でええんかいな、「科学的」というにはいささか幅広すぎやしないか、っていうか、第1位がそれですかぁ? というようなアレコレはあるのだけれど。本エントリの刺身のつまみたいなものってことで乞う御容赦。


では、本エントリの主題はといえば、「独出版社シュプリンガー、機械生成の「でたらめ」科学論文を撤回へ」(AFPBB News) はてなブックマーク - 独出版社シュプリンガー、機械生成の「でたらめ」科学論文を撤回へ 写真1枚 国際ニュース:AFPBB Newsにまつわること。どうもネット的には上のヴィデオにも登場するソカールの所謂「ソーシャル・テキスト事件[ググる!]」を並べて、なんだ査読がエエ加減なんは人文社会科学系に限った話やないやん、自然科学系だってと喋々、ちょうど都合よくというか折悪しく、STAP細胞論文、その査読を含めたあれこれをめぐるなんやかやが取り沙汰されているときにこんな話が発覚したものだ、と感心しないわけにはいかないのだけれど、そういうとこいらへんはオツムの足りないアテクシはパスするとして*1、個人的に気になったのは記事に登場するコンピュータプログラムのことだ。

SCIgenは、無作為に選んだコンピューター工学用語をちりばめた見栄えの良い「研究論文」をワンクリックで次々に作成する。

(小見出し省略)

例えばこんなふうだ。「一定時間技術とアクセスポイントはこの数年で、未来学者と物理学者の双方から大きな関心を集めてきた。スーパーページに関する広範な研究を長年重ねた結果、われわれは128ビットアーキテクチャとチェックサムの適切な一体化を確立した」

図表と引用は科学論文に不可欠な特徴だが、こうした「論文」にも必ず偽の図表と引用が収録されている。SCIgenのケースでは、数十年から数百年前に亡くなった著名な科学者の論文で最近参照されたものがその中に含まれているという。

SCIgenは、米マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology、MIT)の研究者らが2005年に考案したプログラムだ。

MITの研究者らはSCIgenを用いて意味不明な論文をでっち上げ、学術会議に投稿したところ、論文は正式に受理された。研究者らは後にこの「でっち上げ」を公表して、誤りを防ぐための措置に欠陥があることを暴露した。

SCIgenは、次のWebサイトで無償で提供されている: http://pdos.csail.mit.edu/scigen/

ibid.

この記事でいう「学術会議」ってちょっと何のことやらだったりするのだけれど*2、それは措くとしてそれなりに確立しているであろう専門領域の読者にいくらなんでもこれは通せないとは思わせない程度にもっともらしくないわけでもない文章が自動生成デキてしまうというところ、おもしろそうぢゃないか。

ツイッターを見ていると査読をしなきゃいけないんだけれど、面倒臭くてたまらん系の書き込みをなさる大学の先生方は結構いらっしゃる。詳細はわからないけれど、文面から勝手に想像するに、査読に対する態度は先生によってずいぶん開きがあるように素人目には見える。斜め読みのやっつけ*3から本格的な読みの格闘に至るまで千差万別*4 、斜め読みくらいのヤツならひょっとして誑かすのは簡単かもしれないが、まったくデタラメの文章生成、たとえばスパムサイトに見られるワードサラダ[ググる!]的なものではさすがにこのレヴェルでも通用するとは思えない。すると、たぶん件の論文生成プログラムはある程度ヒトを誑かすのに有用な工夫が凝らされていると考えられるのではないか?

ヒトには誤読や見落とし、過剰解釈の癖みたいなものがある。ちゃんとまとめて考えたことがないからアレなんだけれど、我が現代文や小論文の受験向き指導稼業、受験生くんばかりぢゃなくて添削者さんの書いているものを見ながらそういうことを感じる折って結構ある。話は実は査読レヴェルの読解にもあって、たとえば以前にも取り上げた「論文査読者は特定の研究成果に好意的になりがち?」(論文執筆や学術的出版、ジャーナル選択や投稿手続きにおける日本人研究者のためのコツ | 英文校正エナゴの学術論文ブログ) はてなブックマーク - 論文査読者は特定の研究成果に好意的になりがち? « 論文執筆や学術的出版、ジャーナル選択や投稿手続きにおける日本人研究者のためのコツ | 英文校正エナゴの学術論文ブログで扱われているようなヤツ。2009年に Natureで発表された論文に出ていたお話として

この実験では、まったく同じ論文の結果だけを「AよりBが優れている」としたバージョンと「AとBは同じだ」としたバージョンの二種類を作成し、複数の人に査読してもらいました。ここで注目したいのが、その論文の実験方法には、いくつかの小さな課題やミスが含まれていたということです。査読者は、このミスに気がついたでしょうか?

「AとBは同じだ」という結果の論文を読んだ人達は、期待通りに実験方法の小さなミスや課題に気がつき、色々な改正案を提案しました。ところが、同等に優れた査読者であるはずなのに、「AよりBが優れている」という結果の論文を読んだ人達は、これらのミスや課題にまったく気がつかなかったのです。つまり、査読者も人間。「物事の違い」をよしとし、鵜呑みにする傾向があるということになります。

というのが紹介されている。ソースの具体的な紹介がないから元論文はたしかめられないのだけれど、でも経験則的にこういうのわかるなぁって感じる。

たぶん、読解にはこれを一つの例とするような誤読や見落としの傾向がある。「読解」の範囲を日常的な話し言葉の遣り取りにまで広げれば、チャルディーニの『影響力の武器』なんかでも読めばウヂャウヂャ似たような話がある。書き言葉にだってあっても全然おかしくないだろう。

で、ひょっとして SCIgenには、そういうヒトの誤読傾向を活用したプログラムになっていやしないかしら、みたいなことを妄想したのだ。で、はてブのコメントに《おもしろーいーぃ》なんぞと書きもしたのだった。実際のところ、どうなんだろう?


で、この手のヒトの誤読傾向の学術的研究って絶対日本でだって行われていると思うんだけれど、そこいらへんを利用した「文章の書き方」なんぞ出版すると詐欺師的行為を推奨するみたいになっちゃうからダメダメだとして、そういうのに注意しつつクリティカル・リーディングの方法なんかを教えてくれる読解入門本なんてなのは企画としてどうかしら?

以前、「生産財としての読む技術」(吉岡友治の三日坊主通信) はてなブックマーク - 吉岡友治の三日坊主通信: 生産財としての読む技術を紹介したの、覚えていてくださってる方、いないかなぁ。

この頃「文章ブーム」らしい。そのせいだろうか「文章を書く」方の企画は、どんどん通って困るぐらい。私も来年は教育もの、論文術、反論術、など、あれこれ書かねばならないものが山積み。かなり忙しい。でも「文章を読む」方の企画は、いくつも出しているのだが、なかなか通らない。

なぜか? 編集者に言わせると「読解力では売れない」からだ。「自分が読解ができないと思っている人が本を買うわけがないでしょう。書くのなら、別だけど」。…一理ある。読者とは、本を読もうという人なのだから、自分で一応読む力はある、と思っている。そんな人に「読解力を向上させましょう」と言っても、ピンと来ない。読者心理としては、たしかにありそうだ。

というお話。

ただ生真面目に読解の話をしてもウケないとすれば、そこに雑談的小ネタとして、ヒトのオバカさんな誤読傾向を織り込みつつ話を展開するというのはどうか。

日本の、だれがどこで誤読研究をなさっているかなんぞはトンと知らないけれど、そういう方と読解本の著者がタッグを組んだ対談あたりは雑誌企画としてもあって良さそうぢゃないかしら。


影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか
ロバート・B・チャルディーニ
誠信書房
売り上げランキング: 184

「知」の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用 (岩波現代文庫)
アラン・ソーカル ジャン・ブリクモン
岩波書店
売り上げランキング: 13,151


  • 注1 というか、記事はきわめて大雑把なもので、たとえば 《ソーカル事件との比較は失当ではないか?"学術会議に投稿"とあるので、厳しい査読のないいわゆる conference paper なのかも。記事の範囲内ではいまいち状況がよくわからない》(某さんのブコメ。2015年10月22日現在では確認できず、撤回されたみたいなのでお名前は秘す)というような見方が出て来るのももっともだと思う。記事の翻訳も何となくこの領域にどの程度通じているのかわかんない感触のある質のものだしぃ。ただし、記事には《ラベー氏は今回の詐欺行為によって、査読審査システムの信頼性が打ち砕かれたと指摘する》なんぞという話もご登場遊ばして、どうもすっきりしない。記事自体がコンピュータの自動生成でできちゃったものだったりして(^_^;)
  • 注2 普通「学術会議」と日本語で書かれていれば、オツムに思い浮かぶのは「日本学術会議」のことだろう。cf. 「学術会議 とは」(コトバンク) はてなブックマーク - 学術会議(ガクジュツカイギ)とは - コトバンク。単に学会か何かのことなのだろうか。学会が日本のそれと似たようなものなら受理されても何の不思議もないような気がしないでもない。このへんは、「色物科学者研究編」 はてなブックマーク - 色物科学者研究編など熟読されたし。
  • 注3 ご謙遜もあろうかとは思うのだけれど、、、。
  • 注4 といっても実際に1000とか10000とかもの書き込みを見たわけぢゃないけど\(^o^)/


14/02/27: 剥製と腸詰

最終更新日時 : 2017-07-17 18:25:17  
十間橋近く。2013年秋頃か。

十間橋近く

昨朝の夢の終結部分。先行する場面の記憶はない。

まだ湿ったような植物の感触が顔に残っている。そうだ、鬱蒼とした林、さもなければ背の高い草の茂みを歩いていたはず、なのに気がつけば薄暗い何かの作業場。ペンチ、レンチ、ハンマーといった工具の類が床に散らばっている。作業机や壁面には獣たちの剥製。剥製を作るための作業場か。既視感のある眺めなのだがいつどこで見たのか思い出せず苛々が募り始める。何度も作業場の中を歩きまわり、記憶の縁を求めるが果たせない。

いつの間にか、部屋の中に乱雑に並べられた四つ足たちの剥製。その間から腸詰ソーセージを手にした男が現れる。そして、ソーセージに金具を押し込んで引き抜き、香りを確認して、イタリア語かスペイン語のようなイントネーションでわけのわからない言葉を二言三言口にする。

あぁ、この作業場はベルトルッチ作品で見た作業場、そして男よ、あなたはそこに出ていたソーセージ職人ですね! と気づいて声にした途端目覚めた。


目覚めてみれば、腹ペコだ。


しかし、考えてみるに、剥製と腸詰は共に皮膜に覆われた空虚に何がしかの内容物を詰め込むという製造工程上の構造的共通点がある。こういうのって、なんだか素人精神分析を発動させたくなるような誘惑を感じちゃうなぁ。実際のところどうなんだろう。どうせまた抑圧された性的欲求とかなんとかにしかならんのか。避妊の隠喩とか(って、それはないか)。


まぁ、春だしなぁ。わかったもんぢゃないですね。


剥製を制作する作業場は実はなかったように思うけれど、ベルトルッチでソーセージなりハムなりが作られる場所は実際に場面として登場していて、僕の見た範囲では、『暗殺のオペラ』と『ルナ』ということになる。

ルナ [DVD]
ルナ [DVD]
posted with amazlet at 17.07.17
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン (2013-04-24)
売り上げランキング: 38,166

『暗殺の森』はあったのだけれど、『暗殺のオペラ』はVHSのしかない*1。アマゾン、いろいろあるくせに、肝心のところで頼りにならない。DVDくらい出てないのかしら、と思っていたら……。『Bernardo Bertolucci's The Spider's Stratagem 1970』(YouTube)hatebu、YouTube、侮り難し。

冴えわたったストラーロのカメラがダイナシのめちゃくちゃ画質なので*2、うーん、これでの鑑賞はあまりお薦めできないかなぁ。ボルヘスの原作を上回るといっていい作品、機会があれば逃さず映画館で。

あらま、画質等未確認だけれど、「La Luna 1979 l English l Luna」(YouTube)hatebuまであるぢゃないか*3。とはいえ、まぁここいらへんはいくらなんでも遠からず削除される類のものではないかしら? うーん。

それにしても、映画についていい加減なことを書くと、簡単にバレてしまうなんて、いい加減なアテクシには厭な時代になっちまいましたなぁ\(^o^)/


  • 注1 これも現在(2017年2017年7月17日)品切れ。
  • 注2【復旧時註】その後、ピントのはっきりしたものも YouTubeに出たけれど、今度は色が褪せていたり英語字幕がなかったりで、なかなかこれでバッチリ鑑賞できるというヤツは見当たらない。
  • 注3【復旧時註】字幕はない。でも、ストーリーにそれなりのどんでん返しのある『暗殺のオペラ』と比べれば、台詞がわからなくても粗筋のあら方はわかった気になれちゃうんぢゃないかしら。他にも上がっているが、具合は確認していない。


  

堺事件を取り上げた*1となると、次に取り上げられるべきところは妙國寺ということになる。フランス人水夫たちを「撃攘」した土佐藩士たちが切腹した場所ということになっているからだ。

寺の前にはこういうのが立っている。《左 とさのさむらいはらきりのはか》。妙国寺はこの右にあって、左は宝珠院、現在では幼稚園もある場所。で、土佐藩士たちの墓はたしかにそちら。

妙国寺前には、それほど古びた感じのしない《明治元年戊辰妙國寺事件/土佐烈士殉難賜死之所》。「烈士」様になっているのね、ここでは。他にも境内には「堺市顕彰 土佐十一烈士の碑」とか「英士割腹跡」の碑なんかも建っている。

「殉難」は、碑の作り手さんの思惑はさておき、実際のところそうなんだろうなぁ。堺事件では、フランス人たちには自由に出歩いていいって許可がすでに出ていたところ、その連絡が藩士たちに伝わっておらず堺事件は起きている。現場はがんばっているのに上の連中が……というような今に通じかねない類の難儀ではあったと云えなくはない*2

そうなるとフランス人水夫たちはどうなる? 一応フランス人水夫たちの慰霊碑みたいなのも境内にはある。第一次大戦の折、同じ連合国だしぃってなことで作られたとか何とか。でも、「烈士」様、「英士」様に「撃攘」されたという扱いのもとでのそれって何なんだという気がしないでもない。別に僕はフランス人ぢゃぁないから腹を立てるというようなアレぢゃないけれど、蟠りくらいは覚えるよなぁ。

藩士たちの切腹にまつわるアレコレのお話も、必ずしも史実を忠実に伝えるものではないらしい。切腹の凄惨を見てビビったフランス公使が中途退場したため、予定の20人が11人の切腹で終わったというのも本当にビビったせいかどうか、いろいろ話があるみたい。単純にフランス側の死者と同じ人数で終わりにしたとか、腹切りの始まった時刻がそもそも遅く全部の執行が終わるのを待つと帰りの夜道、攘夷派の連中から変な報復を受けかねないとの判断があったとかとか。

列強に迫られて開国の已むなきに至ったみたいなアレだと、何とか列強に一矢報いたいというような感情が何となく世間様に共有されるというようなことはありそうではある。で、そういう感情のいくらかは自分の裡にもあるよなぁと感じもするのだけれど、しかしそう感情に都合良く現実は出来上がっていないだろう。情緒的な自己満足なんぞは、歴史を知ったつもりで未来を誤る元にしかならない。よくよく考えておかなければならないのは、たぶん内戦期の外交情報の共有とか何とかってあたりで、死者をニッポンチャチャチャ!に利用することではないな。

妙国寺が土佐藩士さんたちの切腹した場所だったというのはたしかなこと。けれど、今の妙国寺の敷地内で切腹が行われたかどうかは必ずしもはっきりしないらしい。上の写真を見ればわかるように、現在の妙国寺は、山門をくぐるとすぐさま本堂に出喰わすような具合になっている。往時の妙国寺は空襲で焼け、現在建物は1973(昭和48)年に再建されたもの。再建に当たっての資金が必要だったからなのか他に事情があったからなのかは知らないけれど、その少し前に境内の半分くらいが売却されて現在は住宅が立ち並んでいる。府立泉陽高校*3の一部もそうだという話も聞くけれど、どうなのかな。あのあたりは、市立殿馬場小学校も含めて堺町奉行所があったはずだし、うーん。

往時の妙国寺*4

これを見れば、空襲以前の妙国寺、門を入ってすぐ本堂という具合にはなっていなかっただろうことは一目瞭然。そんなこんなで、切腹した場所は現在の宅地の中だという方もいるらしい。ホントのところどうなんだろうか。本堂前での切腹が間違いないとして、それならおおよその位置くらいわかっていて良さそうなものだけれど*5

堺事件、具体的なそのありよう、ちょろっと眺めてさっさと簡単にわかるというわけにはいかないのだな。面倒臭いこっちゃ。


妙国寺には観光ボランティアの方が常駐していらっしゃる。資料館の拝観料は400円(小中学生200円)、拝観時間10:00〜16:00。僕が訪ったときには、他にどなたもおらず、ボランティアの方の案内解説をずっと独占してアレコレ見て回れた。資料館内には、堺事件関連のアレコレもあって興味深いのだが、いずれも撮影禁止ということでここでは紹介できない。フラッシュ禁止は仕方がないとしても、撮影を許したほうがやってくるヒトを増やすにはいいんぢゃないかなぁ。写真を公開してヒトを集めるのがお目当てのブログさんも多いことだし。


あと、妙国寺は伝樹齢1100年の大蘇鉄でも知られる。1100年では寺より長い寿命ってことになるが、寺に移植される前から数えてのこと、ということらしい。

ここの大蘇鉄には信長の登場する有名な伝説がある。

……時は戦国時代、無敵の力を誇り天下統一の野望を抱いていた織田信長は、妙國寺の蘇鉄の噂を聞くに及び、権力にまかせ蘇鉄を安土城へ移植したが、毎夜「堺に帰りたい」と云う怪しげな声が聞こえ、霊気が城中を悩ました。激怒した信長は部下に命じて蘇鉄を切らしたところ、切り口より鮮血が流れ大蛇が悶絶した如く見えた。さすがの信長も恐れ、「妙國寺に戻せ」と叫んだ。

妙国寺で配布しているパンフレット

これには後日談もあって、大蘇鉄は寺の守護神として境内に鳥居付きで祀られている。さらに、家康も愛でたという蘇鉄枯山水、町中にある寺ゆえ背景が少々残念なのだし蘇鉄が生えているのに枯山水とはコレ如何になんだけれど、小堀遠州の手も入ってそれなりに見もの。ウェブでもアレコレ探すと写真も見つかるが、蘇鉄関連に関しては実際に見るに如かず。


参考文献、みたいな

場所は、Google Maps、妙国寺の前で確認されたし。南海電鉄高野線堺東駅から歩いても20分くらい。阪堺線にも妙国寺前って停車場があったはず。初めてのヒトには少々わかりにくい場所かもしれないが、地元のヒトに尋ねればたいがい無事にたどり着けると思う。



むかしの堺 (1976年)
むかしの堺 (1976年)
posted with amazlet at 17.01.10
別所 やそじ 尼見 清市
はとぶえ会
売り上げランキング: 1,478,742

堺港攘夷始末 (中公文庫)
大岡 昇平
中央公論社
売り上げランキング: 473,053

今ならKindle版かな。


  • 注1 2017年1月10日12時05分現在未復旧。
  • 注2 ただし、ちゃんと調べていないからアレだけれど、藩士さんの中には攘夷の思いを抱いていた方もいらしたような話を仄聞したこともある。そうなると話はいよいよ面倒だなぁ。フランスは幕府側についていたこともあったろうし。そこいらへんはそのうち調べておかなきゃな。やっぱり大岡昇平の、読んどかなきゃダメだな。うーん。
  • 注3 旧堺女学校、与謝野晶子とか橋本壽賀子とか沢口靖子とかの出た高校。
  • 注4 別所やすじ、尼見清市『むかしの堺』(はとぶえ会、1976年)、p.142。妙国寺の資料館には明治に描かれた同様の図があって、さらに精密なものになっているように見えるのだけれど、そいつだとさらに敷地面積なんぞはデカく見える。
  • 注5 切腹を免れた藩士さんによって描かれたメモなんかも残されている。cf. 「切腹を免れた横田が書いた当時の妙國寺の様子」(MSN産経west)。これも資料館で見られる。

最終更新日時 : 2015-10-23 21:03:21  
20140224220019

よくわからないのだが、《定休日》ではなく《通常営業日》の月曜から木曜への変更がわざわざ告知されるということは、週に一日しか開店していないということなんだろうか? そういう状態の営業日を「通常」と形容できるものだろうか?

現に、今日(月曜日)の日中、シャッターが降りているということはそういうことなんだろうとは思うのだけれど。いやしかし、なぜシャッターの貼り紙に《OnlineShop》なんぞと書かれているのだ? たしかに、ネット上にかたやまサイクル OnlineShop はてなブックマーク - かたやまサイクル OnlineShopはあるのだけれど、そいつは今日(月曜日)だって営業しているみたいだしぃ。

ふだんはオンラインショップのみで、リアル店舗の営業日が木曜日だと考えるのが常識的なラインかもしれないけれど、それでもちょっと戸惑う程度にはわかりにくいアレぢゃないかしら。


20140224214459

一度だけの被害ならこういうびっくりマーク付きの言葉は書かれないような気がする。何となく界隈の精神的荒廃を感じさせるな。どういう事態があったのかあんまり想像したくないのだけれど。


東京シャッターガール 1巻 (ニチブンコミックス)
桐木 憲一
日本文芸社 (2012-01-18)
売り上げランキング: 70,051

シャッター違い、失礼しましたm(_ _)m


最終更新日時 : 2015-10-23 10:41:00  

これ、いいなぁ。笑いを堪えるというのぢゃなくて、率直にうまい。スケッチとしてどうなのかはわからないけれど、たとえばちょいと昔の『暮しの手帖』記事タイトルの下にちょこなんと描かれた挿絵というような水準には充分達しているんぢゃないか*1。いい感じ。実にいい感じ。

「仏像の長い旅路」は、並河 亮、並河万里『仏像のながい旅路』(玉川選書)のことのようだ。そっか、1978年刊なのか。なるほど、あの時代のセンスなのかもなぁ。自分の10代に見たアレヤコレヤのセンスをとどめているから感じよく見えたというわけか。そういうのが今のお若い方の目には笑いを誘うものと感じられるのかと思うと、少々切ないかもなぁ。うーん。


顔の表象で笑うとなると、僕の場合は、

人及び動物の表情について (岩波文庫)
ダーウィン
岩波書店
売り上げランキング: 306,376

の口絵写真だな*2。すっかり古びてしまった写真なのだけれど、まぁご覧になればたいがいのヒトにはおもしろいと感じられるのではないかしら。で、それはたぶん時代のせいばかりではない。では、時代を超えてヒトのつらがおもしろいとはどういうことなのか。

まぁ、考えてもわかりませんな\(^o^)/

中身だって、さすが観察の権化たるダーウィン大先生、と唸ることしきりなのだけれど、訳文がめちゃくちゃ古くて読み続けるのが若い方には苦行になっちゃうかもしれない(^_^;)。玄白プロジェクトか青空文庫かにでも新しく翻訳なさる方が出て来て下さらないかしら。


  • 注1 最近の『暮しの手帖』は読んでいないのでよくわかんない。
  • 注2 カスタマーレビュー、星1つが1件のみなのだけれど、中身がマーケットプレイスで購入した際の古本の状態についてのものになっている。中身について書いてくれなきゃぁなぁ。訳は古いままだけれど、一応新本も出ているんだからして。

«Prev || 1 | 2 | 3 |...| 137 | 138 | 139 |...| 153 | 154 | 155 || Next»

最近の記事


コメント


カテゴリー一覧
すべて
borujiaya
お知らせ
ことばをめぐるよしなしごと
ごあいさつ
すべてが「その他」であるような宇宙
ぼんやりと
やっぱり猫が好き
アートとかデザインとかそのへん
カルチャーっぽいもの
コミュニケーション
メイル
備忘録
僕自身のためのコンピューティング
入試小論文
単なる思いつきで深い考えはございません
堺散歩
小津安二郎
折々のリンク
散歩
文章讀本
日々のうだうだ
日々の与太
日々の埋草
映画
書く
総合
考える
自作自演
自然科学・科学技術とその界隈
訃報
読む
読書・本屋さん
象牙の門、角の門
音楽とか


検索
リンク
極私的脳戸栞
twitter


searched phrase

 ranking

 recent


Powered by Nucleus CMS

カウンタ
3819415 (7D:24245 Y:3669 T:2391) [Mode]
 
別冊 日々の与太