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最終更新日時 : 2016-11-28 15:03:36  

CBC[ググる!]のYouTubeチャンネルから27日公開。

We take things slow with Slow TV - meditate and relax as these records spin softly in the background.

というわけのわからない趣旨での公開。この映像が、音もないまま、延々1時間50分少々続く。

当初はお若い世代へのLP文化の紹介みたいな教育的効果はあるかもしれないとの考えもぎったけれど、レコードスプレーもレコード拭きも登場しないし、そもそも盤面を裏返すことがない。片面を再生し終えると、次の盤と入れ替えてしまうだけだ。どちらもLPをかけるときの儀式的所作として欠かせないものであり、それを省略してしまったのでは、LPを演奏する文化的コンテキストは決して正確に伝承されることはないだろう。

現に1枚目、針を収めたカートリッジあたりから糸状の埃が伸び出しているという為体。保存されてきたLP盤を傷めるようなざまでどうしますか。盤面を裏返すところが収録されなければ、CDくらいでしか円盤状メディアを知らないお若い方には、LPもまたCD同様、裏返す必要の存在しない再生メディアだったのだと誤解されかねないのではないか。とお小言めいた文句ばかりが頭に浮かんで、とても瞑想どころではない。

しかし、そういうところが映し出されていたとして、そうしたアレコレがなにほどの重要性をもってお若い方たちに受け止められるか。僕世代の爺ぃどもが、さらなる爺ぃたちの鉄の針がどうした、竹の針がどうしたと朝顔のついた蓄音機を巡って薀蓄うんちくを垂れているのを煙たく面倒臭いモノとしか受け止められないのと同じようにしか考えないのかもしれない。

そんなことを考えるともなく考えていると、LP盤の再生なんてなのがずいぶん野蛮なものとも思えてくる。LP盤であれカセットテープであれ、僕らの10代の再生装置は、記録媒体と再生装置の接触なしには成立しないものだった。記憶媒体を少しずつこそげ消し去ることなしには再生できないシロモノだったわけだ。記憶を刮げ切ってしまえば、そこには呆け老人ならぬボケLPが出来する。ノイズ・リダクションを通してしまえば、もはや何の音も再生できない塩化ビニル樹脂の円盤がぐるぐる回っているだけだ。

と、生悟りをひらいてしまえば、なるほどこれは瞑想のためのヴィデオということになるのかもしれない。

なぁんてなことはなさそうだけれど\(^o^)/


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寺田寅彦先生、Kindle無料版。当然、青空文庫でも読める(寺田寅彦「蓄音機」(青空文庫)hatebu寺田寅彦「蓄音機」(えあ草紙)hatebu)。これに限らず寅彦先生の蓄音機をめぐるエッセイは、アイディア冴えたもの、泣けるものいろいろあって飽きない。青空文庫でも漁ってみられるがよろしい。





最終更新日時 : 2016-11-28 11:22:11  

画像は「Fidel Castro - in 90 seconds」(Telegraph、YouTube)hatebuから。

別にCIAの陰謀みたいなものがなくったって、中米の小国の革命家、波乱万丈の人生となれば、そうそう長生きは望めないものと相場は決まっているに違いない。カストロの長寿には心揺さぶられざるを得ない。何となく長生きしていたような印象のある毛沢東なんかだって、今ウィキpを覗いてみると、なんだたかだか82歳でこの世に別れを告げている。

革命の相場からすると毛沢東もたぶん長生きには違いないのだろうけれども、中国ならばCIAの陰謀もそうそう簡単には及び難いように思えるのであって、心揺さぶられるには至らない。守りの堅さばかり考えてのことではない。迂闊に暗殺に成功したとして、後ろで糸を引いていたのがバレでもすると、面倒は暗殺によって得られるベネフィットを上回ること必定だったりしそうでもある。リスク勘定が割に合わない。だからして、少しくらい暗殺計画があったに違いないとしても、いくらなんでも600を数えるほどはなかったんぢゃないか。にもかかわらずカストロに負けるとは情けない話、中国四千年の歴史の名折れである(違。

こうなってくると長寿の秘訣はカストロに訊くに如かず、なのだが、死人に口なし、伺うにはイタコ芸の教祖様の出版をお待ちせねばならぬとは、まことにもって因果なこの世であることよ。


とはいえ、いくらかの愚考、アブクの考えをめぐらしてみることが出来ないでもない。簡単な話、俚諺に曰く「憎まれっ子世にはばかる」である。

カストロの若い頃の映像を見ていると、チェ・ゲバラとのツーショットは必ず登場してくる。並んだところを眺めると、だれがどう見ても男前加減はゲバラが段違いに格上、まかり間違ってその段数が百段なのか九〇段なのか数え方については議論があり得ても逆転ばかりは金輪際あり得ない。カストロがずいぶんな間抜け面と見えなくもないくらいの、覆い隠し様のない顔面格差。見かけばかりではない、ゲバラとくれば、アルゼンチンの大統領を数多く輩出している名門ブエノスアイレス大学は医学部卒業、卒業まで必要な日数をいささか省いたアレコレはあるものの医師免許保持者、あっちこっちの動乱・革命にちょっかいを出す手間を惜しまない人生と来たモノだから、その霊験あらたかなこと、彼を知らないどころか政治になんぞ全くもって無関心な若者まで彼の肖像のあるTシャツを身につける始末(cf. ゲバラ 知らない Tシャツ[ググる!])。こうなっては、愛されることカストロなんぞが到底及ぶところではない。おかげさまをもって39歳没である。

一方、カストロとなると、

といった具合。君ら、そこまで喜びますかね、とわだかまらないでもないのだけれど、いやしかしまぁ、故郷を失い早幾星霜の異国生活、恨み骨髄に徹しておればこそそういうこともあるんだろう。むしろご同情申し上げるべきところなのかもしれない。いずれにしても、死亡祝賀パーティーが開かれるほどまでに恨まれるとなれば、「憎まれっ子世に憚る」の俚諺はカストロ長寿を正しく予言しておったということになるわけですね(違。


他所様のことはさておき、そういえば最近、戦争犯罪証拠隠滅自慢を誇らかに語っていらした元政治屋さんがお一方、ついでにやたらな長寿も誇りつつお亡くなりになっていらしたけれど、この方もまた少なくともリベラルなヒトや左派さんからはさぞかし恨みを買っていらっしゃったであろうことは確かなわけで、長寿の秘訣は「憎まれっ子世に憚る」以外にあり得ないのではないかと思えてくる今日この頃。まだまだこの俚諺にかなうこと疑いなしの人材に事欠かない本邦、そういえば先進国最長の平均寿命を誇っていたりするんでしたっけか。なるほど\(^o^)/


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シリーズ続篇も出ているけれど、まぁこれですかね。「ラストなんとか」あたりはもう見ていないので何とも申し上げられませんけれど。何にしても頭を剃っちゃったウィリスさんは造形的にどうも苦手。

「die hardの意味・用例」(英辞郎 on the WEB:アルク)hatebu*1によれば、《1.〔粘り強く耐えて〕なかなか死なない(以下略)》とのこと。試験に出るかどうかは存じ上げません。


  • 注1 無料版だと「用例」は出なくなっちゃったんだから、そろそろその語は引っ込めたほうがよくないですかね。


最終更新日時 : 2016-11-27 20:03:20  

心揺さぶられた、というほどでも実はないのだけれど^^;

YouTube再生ページには大雑把な説明しかないので細かい事情はよくわからないのだけれど、モスクワ近くの駅でのこと、2ヶ月くらい前に現れ、Baronと名付けられたねこ様、今では駅で餌をもらっているとか何とか。


鉄道駅舎のねこ様といえば、本邦でも改札担当どころか駅長にまで出世した例があるのは皆様先刻御承知。和歌山電鐵貴志駅*1の例が有名だけれど、今ではJR西日本芸備線志和口駅のりょうまくん駅長も知られるようになってきた。会津鉄道芦ノ牧温泉駅の「ネコ駅長「ばす」の日記」hatebuみたいな例もある。たぶん、他にも例がありそうだけれど、調べたことはない。それよりも気になるのは、ねこ様と駅舎の関係である。たとえば、「駅 猫」での YouTube検索結果hatebuをご覧いただければただちにわかるように、駅長にまで出世はしていないものの、駅に居ついているように思われるねこ様は結構な数にのぼっているようなのである。

一体、何がねこ様を駅に惹きつけるのだろうか?

自動改札に乗っかるのはたぶん改札機の暖かさに惹かれてであろうと想像はつく。しかし、他の場合はどうか。個別に見れば日当たりが良さそうだ、くらいの理由が見つかるものも多いけれど、それにしても駅という場所が全体としてねこ様にとって居心地のいいものなのかどうか。駅舎は公共の建築物でありヒトがゾロゾロと蝟集する場所である。猫好きのヒトもいるけれど、餌を勝手にやったりすると見咎められるに違いない。だから、食糧を当てに駅で過ごすとは考えにくいような気がする。猫アレルギーを抱えるヒトもいれば、猫嫌いのヒトもいる。邪険にされることだって少なくないってなことはないんだろうか。混雑する都会の駅の事例が滅多に見られないのはおそらくそのへんの事情によるんだろうしぃ。

そんなふうに考えてみると、日当たりのいい場所を比較的確保しやすくヒトから邪剣されにくい場所として公園に行き当たる。公園にだっていろんなヒトがやって来はするが、改札口のようにネコ嫌いのヒトと否応なく接近遭遇しなければならないということがない。嫌いなヒトはねこ様を避けて通ればよろしい。餌をやっていても駅と比べれば咎め立てされることも少ないだろう。僕もヒトが餌をやっている場面を目撃したことが複数回ある。ホントは注意すべきなんだろうけれど、まぁ、黙って見てたしぃm(_ _)m。ねこ様映像がネット上ではウケるコンテンツである以上、これも YouTubeで検索してみれば、駅舎のねこ様ヴィデオといい勝負になるのでは、と実際に「公園 猫」の YouTube検索結果hatebuを見てみると、やはりそれなりの数のヴィデオを見つかるのだが、これを書いている時点での、「About 141,000 results」という「駅 猫」の数に対して「About 119,000 results」という「公園 猫」の数、22,000ほど駅猫が多いという結果、いい勝負といえるのかどうか。うーん。

もちろん、こうした数は、駅猫や公園猫の個体数の多寡を直接反映するものではなくて、撮るヒトの心理をより多く映し出すものだろう。だから、駅猫を珍しいと感じるヒトが多いというあたりがこの差の最大の原因なのかもしれない。たぶん、ねこ様駅長が話題になったのが比較的最近だということも手伝ってそういう傾向に拍車がかかったということもあるのかもしれない。それにしても2万を超える違いがそれだけで説明できるのかどうか。駅猫の存在そのものが最近になるまでなかったというわけでもないだろうしなぁ。それとも自動改札機のような、比較的最近になって駅に設置されたものによって駅猫が増加したなんてことがあるんだろうか。うーん。やっぱり駅にはちょっとよくわからないねこ様を惹きつける何かがあるのだ、と考えてみたいのだけれど、うーん、うーん、そうはいきませんかねぇ。


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  • 注1cf. 「我が輩は猫駅長である。 Urtra station master TAMA」(和歌山電鐵)hatebu、現在は先代を継いだ、たまIIが駅長さん。ちなみに初代たまは、駅長にとどまらずさらなる出世と栄誉を勝ち取っている。《乗客数の増加・観光へのアピールへの功績から、同社(引用者註:和歌山電鐵株式会社)からは「スーパー駅長」(後に「ウルトラ駅長」に昇進)・「和歌山電鐵社長代理」の肩書きを、和歌山県からは「和歌山県勲功爵(わかやま で ナイト)」「和歌山県観光招き大明神」などの称号を与えられている》(「たま (猫の駅長)」Wikipediahatebu。ただし、たま駅長の場合は、特殊な経緯によって駅長就任しており、別段駅に惹かれて居ついたというような事実はないようだ。

  

心揺さぶられた^^;

何より気になるのは、傘にタッチ出来るかどうかなんて実験方法、一体どういう具合にして思いついたのだろうかということ。ひょっとしてエピソード記憶[ググる!]に基づく行動ではないかと思えるような何か似た経験があって、それに基づいての実験設計だったんだろうか? もちろん、実験結果はお犬様のエピソード記憶の存在の完全な証拠にはならないんだろうけれど、でもそこいらへんはさておき、まぁ驚きますね。


その他にだって、気になることはある。ねこ様に、仮にエピソード記憶があったとして、同様の実験ではまずたしかめようがないような気がする。ねこ様のエピソード記憶の有無をたしかめるにはどうしたらいいだろうか? あるいは、エピソード記憶と条件反射を生み出すような繰り返しによる学習との関係はどうなっているのかしら? 条件反射が成立する背景にだって、なにがしかの記憶が存在していなければ、同じ出来事の繰り返しから反射行動は成立しないはずだと思うんだけれど、条件反射による行動が出来るような生物はエピソード記憶、もしくはエピソード記憶の萌芽みたいな能力を持っているのだろうか? 進化の過程を考えたとき、エピソード記憶(の萌芽みたいなもの)から条件反射が生まれたのか、条件反射のほうからエピソード記憶が生まれたのか? 条件反射が生まれるまでの繰り返し回数の閾値みたいなのが低いほど、学習の効率がいい証拠でありより高度な進化段階あるとするならば、その閾値を1回にまで下げたものがエピソード記憶になるとか何とかとか? そういうとこいらへんはもう解決済みだったりするんだろうか?

というようなことは素人が考えたって意味ないんだけどさぁ\(^o^)/。しかし、とにかくこういう実験方法ってのがどういうきっかけで構想されたのか、そこいらへん。


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最終更新日時 : 2016-11-24 12:00:37  

心揺さぶられた。

昨日のお犬様よりも、やはり自分はねこ様に近しい人類なのだな。うーん。


これなら遠い記憶をさかのぼるまでもないというテイタラクである。


参考文献、なのかどうか


12月10日刊行。また出るのですかぁ。



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